21 Jan. 1999

ハーバード逃亡記*教授にサバティカルは許されるか*

逃亡先へのご連絡は下記まで(emailアドレスはそのまま有効):

T. Kohyama
Lab___ Harvard University Herbaria
22 Divinity Avenue, Cambridge MA 02138, USA
Fax +1.617.495.9484
Home___ 39 Dean Street, Belmont MA 02478, USA


1998年の9月半ばから,10カ月間,アメリカ合衆国はハーバード大学に逃亡中である.森林科学関係のBullard Fellowship(Harvard Forestのページ参照)という客員枠から招へい費をいただいているので,円の浮沈には関係なくやっていける.(なお,この基金も少なくなってきたので,そろそろ招へい事業が終わると聞きました;これからを期待されていたみなさん,ごめんなさい)

ハーバード大は,マサチューセッツ工科大などとおなじくCambridge市にある.イギリスのCambridgeと紛らわしいが(カナダにもあるそうだ),ここの人はイギリスの方を「古い」ケンブリッジと呼び,イギリスの人は「本物の」ケンブリッジと呼んでいる.ケンブリッジ市といってもボストン本市とチャールズ川(いまは海辺で塞止めているのでお堀みたいなもの)を隔てて市域がつながっており,大ボストンと呼ばれるボストン市街圏内にある.

私が所属しているのはOrganismic and Evolutionary Biology (OEB)という教室で,生物科学系の教室には他にMolecular and Cellular Biology (MCB)がありマクロとミクロを別けている.OEBには,Harvard University Herbaria (HUH),Museum of Comparative Zoology (MCZ),Biological Laboratories (BioLab) などの建物ごとのまとまりがあり,ケンブリッジから内陸へ1時間半ほどの距離にあるHarvard Forest(演習林)や,一般に公開されているハーバード自然史博物館(MCZの建物内)や,ボストン市内のArnold Arboretum(樹木園)もOEBに所属している.

私のいるのはHUHの建物で,主たるホストのPeter Ashtonさんの研究室があるためである.しばしば,隣のBioLabsにある,副ホストのFakhri Bazzazさんの主宰する植物生態学研究室にもお邪魔している.もっぱらやっているのは,インドネシア西カリマンタンのプロットデータ(1992〜)を中心とするデータ解析や森林動態モデリングで,今まで多忙を言い訳にサボっていた熱帯仲間との共同研究である.


自然事情

ちょっと郊外に出ると,林や池・湿地といった半自然景観が広がっている.氷食地形でゆるやかな起伏が連なる地形で,栄養塩はすべて氷河がカナダや海にもっていってしまったらしい.ここニューイングランド周辺はヨーロッパからの最初の入植地であるが,17世紀からの痩せ地での農耕・牧畜の努力は,次第にミシシーピー川流域などの肥沃な土地の産物との競争に太刀打ちできなくなり,放棄されていった.18世紀半ばから林地となり,用材地として管理されるという経過をたどった.探したくても一次林的な林分はなく,その点では札幌ははるかにめぐまれている.こうした森林の利用史は,Harvard Forest林長のDavid Fosterさんらが研究している.ちょっと見にはナラ・カエデ類にPinus strobusの混じる景観は札幌近郊の二次林を彷彿とさせるが,自然林の材利用のあとの再生林や植林からなる北海道の景観と,放棄耕作地からの再生という異なる歴史背景があるわけだ.

その長い再生の歴史の分,町並みは樹木(ニレ枯れのためにカエデ類が中心)が目立ち,各住宅はかならず1〜数本の家の5割から2倍方高い木を庭に持っている.対照的に,自然林を有する小公園から野幌や丸山,周辺の山並に豊かな森林景観を残す札幌や周辺の市域は,残念ながら住宅地にほとんど大きな木を持っていない.木々を伝って太ったリス(gray squirrel)が走りまわるこの辺の町を見ると,「エゾリスの遊ぶ北大キャンパスに」というスローガンは,ひとりキャンパスの誇る緑だけでは難しいかなと感じた.


大学事情

合衆国最古のハーバード大学は,歴史的にも貴重な建造物を擁した美しいキャンパスを持っている.それでも「古いほう」のケンブリッジにかつて滞在した経験などから,どうしても入植ヨーロッパ人の郷愁がつくった産物に見えてしまい,歴史性にそれほど打たれないのは,無いものねだりだろう.気候環境や植生の類似性(ちなみに,東アジア沿岸と北米東岸との植生の類似を最初に指摘したAsa Gray教授は,私の居るHUHの生みの親だ)も相俟って北大のキャンパスに似ていると感じてしまうが,江戸時代初期からの歴史のあるハーバードから見たら,こんな一北大スタッフの感想は面白くないかもしれない.

わき目で見た感想だが,イギリスのケンブリッジと同様,ここでも伝統を誇りながら,スタッフも院生も方々の(合衆国内外の)大学から来て,また卒業生も方々の(内外の)大学院へと,志望に基づき動いていくことで常に研究活性が保たれている(ちなみにAshtonさんはイギリス人・ケンブリッジ大出身で,Bazzazさんはイラク人・バグダッド大からイリノイ大出身).伝統的に持ち上がり型で国外との交流も少ない日本のシステムとの大きな違いである.私は学部・大学院・就職してからの転勤とだいぶ動いて来たほうだと思っているが,それでも日本の中だけの話である(客員経験は,やはりお客さんだから別物だ).まだ日本の国際化への道のりは遠いのかもしれない.

大学のメンバーに支給されるIDカード(Harvard ID)は,建物の出入りの鍵にもなるが,名前とID番号によってずいぶん充実したオンラインシステム(Hollis Plus)にアクセスでき,その効力は日本の大学のそれとは比較にならない.例えば,Ecology誌などはelectric journal化されているので,オンライン上から最近10年だかの好きなアーティクルがダウンロードできて,図書館に行って雑誌をコピーするよりもきれいな形でプリンタから印刷できるし,自然科学関係の論文データベースやサイテーション・インデックスにも自由につなげる.(日本では方々の大学や研究機関に支払方法を示して登録しなければいけない.)学部・学科の用意しているフリーウェア・リソースも豊富だし,各組織毎のコンピュータ技官が接続などの質問に丁寧に答えてくれる.(それに引き換え,うちの研究室など...特別研究員・院生のみなさんお世話さまです.)


生活情報,結論?など

ボストン近郊は極めて家賃が高い.東京都区内の便利な住宅地に家を借りているようなものだろうか.健康保険も各自負担で,高い(公共で面倒を見てくれるイギリスとの際立った違い).健康保険にしっかりカバーされていることが,客員研究者や外国人留学生には義務づけられている.私たち家族は,旅行保険のほかHarvard University Health Servicesという大学の大きな医療機関に(保険料を払って)登録している.ここは充実していて,安心できるけれど.もちろん日本より生活しやすい面も多く,教育費は高校までただ.交通運賃は安いし,ガソリンも1/3以下だろう.面白いのは,暖房費はおなじ灯油を焚いていても札幌と変わらないくらいかかる(家内談).家はレンガ積みの暖炉を除いてはだいたいが断熱のお粗末な木造だから,北海道の近年の(見てくれはあまりよくない)高断熱建築と比べると,3倍以上燃料を喰っているのだろう.

タイトルの「教授にサバティカルは許されるか」は,もちろんイエスなのだけれど,やはり先に触れたような経験不足を補って,研究室の責任者もこういう相互交流の経験を一定の間隔で積んでいく努力が,研究室の活性化のためにも大事だと思う.おなじBullard研究員として,各地・各国の中堅からお偉いさんまで共同研究やまさにサバティカル(7年毎の研究休暇)の研鑽ために滞在している.(例えばBazzaz研にはかのバイロイト大教授・長年のOecologia編集長のErnst Shulzeさんも来ている;どこにそんな時間があるのか不思議だが.)幸い(幸か不幸か),インターネット網は極めて迅速に留守先との間の情報交換を可能にしてくれる.こんな言い訳をしないでいいようなシステムに,日本の大学も変わっていくだろう.

ページの頭に戻る

甲山ホームへ戻る

講座のホームページに戻る