房総半島におけるニホンジカの保護管理モデル

鈴木 牧(生圏システム学専攻・ポストドクター)

東京大学千葉演習林のある房総半島南部には,現在およそ 3,000 頭のニホンジカがいると推定されています.森を訪れる人々に親しまれているシカたちですが,周辺の農地に出没して農作物を食い荒らしたり,森林植生を破壊することもあります.


↑農地や植樹を囲む食害防止柵. (写真はクリックで拡大できます)


↑まだシカがいない地域(左)と20年前からシカがいる地域(右)の林床のようす.

シカたちと末永く付き合っていくためには,彼らの存在下でこれらの被害を最小限に抑える方策が必要です.

現在,複数の道府県が独自のシカ保護管理計画を策定し,試行錯誤ですすめています.
なかでも千葉県は先進的な県の一つで,1980 年代から生息密度の変化や農業被害等を調査してきました.膨大な資料の蓄積をもとに,科学的な保護管理計画を展開し,一定の成果を上げています.


↑シカの糞を数えて生息密度を推定する(左).昨年度の推定結果(右).
NPO法人・房総のシカ調査会が千葉県の委託を受けて10年以上続けている調査.

ただ,現在のシカ保護管理計画には,二つの問題があります.

一つは,シカが生態系全体に与える影響が分かっていないことです.
シカが増えると,餌となる植物が減ることは広く知られていますが,例えば,動物相への影響はあまり知られていません.植物を餌や生活場所として利用している小型哺乳類,クモや昆虫,土壌動物などは,間接的にシカの影響を受ける可能性があります(間接効果).このような影響は,森林生態系機能を保全するために,必ず知っておく必要があります.

もう一つの問題は,将来予測の難しさです.
保護管理計画を作る際には,「どこで何頭シカを捕るべきか」「どこにどんな防除柵を作るべきか」「そのためにいくら予算が必要なのか」などを予測する必要があります.予測の材料となる,シカの数,狩猟者の数,農地や森林の分布などは毎年変わり,それに応じて保護管理計画も毎年改変されます(順応的管理).これは科学的な立場からは当然のことですが,現場の行政官や民間団体にしてみれば,「もう少し長期的な,せめて10 年先の将来像が描ければ……」と思うこともあるでしょう.

私たち(東京大学大学院農学生命科学研究科・千葉県立中央博物館国立環境研究所)は,環境省の委託研究費(H16〜H18年度)を得て,これらの問題を解決すべく共同研究を行っています.


↑植物相の調査(左:東大チーム).
「現在,シカの行動追跡中!」(右:東大,房総のシカ調査会)

私たちは,

  1. シカが森林生態系(植物,げっ歯類,クモ,土壌動物,土壌物理環境)に与える直接的・間接的影響を明らかにする.

  2. シカがどこでどのように増減するか,またその結果,生態系や農林業への被害がどこでどのように生じるかを,数十年の長期的スケールで定量的に予測する.

という二つの目標に向かって研究しています.このプロジェクトから,千葉県のシカ保護管理をサポートするだけでなく,他府県でも参考にして頂けるような成果を提供したいと考えています.


用語の解説