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露崎 史朗 (Shiro TSUYUZAKI)
植物群集生態学・環境保全学

有珠山/サロベツ泥炭採掘跡
1986年, 2006年の有珠山火口原. ワタスゲ・エゾカンゾウ
(2011年12月20日更新)

講演要旨

* 雑録 [ 植物学会 | 生態学会 | 講演(含 他学会要旨) ( 英語版 English )| 書評・コラム | 報告書 | 参考文献 ]


タイトル 発表者
月日
学会・講演
場所
形式
生物の多様性 -植物の多様性と進化-. 有珠山の植生回復 露崎史朗 1999 3.20 第4回博物館フォーラム 旭川市博物館, 旭川 口頭
地球環境科学の散歩道 緑のない山が緑になるまで 露崎史朗 2002 9.10 公開講座 北大院地球環境, 札幌 口頭
北極異変-永久凍土帯における火災と植生回復- 露崎史朗 2007 1.19 岩手大学第43回COEフォーラム 盛岡 口頭
アラスカ州内陸部・ポーカーフラットにおける森林火災撹乱で生じた永久凍土の衰退 澤田結基・原田鉱一郎・石井吉之・兒玉裕二・成田憲二・露崎史朗・石川 守・福田正己 2007 雪氷学会全国大会 富山
アラスカ黒トウヒ林の火災時に燃えたコケの面積のリモートセンシング 串田圭司・露崎史朗・福田正己 2011 5.25 地球惑星科学連合大会 幕張 口頭
アラスカ内陸部ポーカーフラットの森林火災で生じた活動層厚の変化 澤田結基・原田鉱一郎・吉川謙二・福田正己・兒玉裕二・露崎史朗 2011 9 雪氷研究大会 (JSSI & JSSE Joint Conference) 長岡
ここからは「学生の業績報告」だかのためのメモ
タイトル 発表者
月日
学会・講演
場所
形式
渡島駒ケ岳に更新したカラマツ稚樹の成長特性 香山雅純・曲 来葉・北橋善範・江口則和・赤坂宗光・小池孝良 2004 4.3 林学会大会 本郷
ポスター

第4回博物館フォーラム 生物の多様性 -植物の多様性と進化-

発表をテープで起して若干手をいれたもの
旭川市大雪クリスタルホール大会議室
1999年3月20日 13:00-17:00

有珠山の植生回復

露崎史朗先生
(北海道大学大学院地球環境科学研究科助教授)

 北大院地球環境の露崎です。馬渡先生の紹介にありましたように私は,1980年北大に入学し,その4年後の卒論研究で有珠山の植生回復に関する研究を始め,それから15年くらいが経過しました。この間,ずっと有珠山で毎年毎年同じ所に行って何が生えているかっていうのを記録し,火山の噴火後,植物がこういうふうに移り変わってきている,そしてその理由はなんなのだろうかというあたりまでを研究してきました。北海道っていうのは火山島で,ここの近くには十勝岳という永久火山もありますし,比較的身近な話になるものと思い,その研究紹介をさせて頂きます。

 まず遷移とはどのようなイメージなのかということですが, その一般的な考え方を図1に示しました。X軸に時間をとり,その時間の最初の頃,この場合では左端が,例えば火山の噴火直後,あるいは山火事直後であるとし,そのようなある撹乱によってそこの植物が全くあるいはほとんどなくなってしまった時を0年とします。右端は,10年のこともあれば100年のこともあれば1000年のこともあります。図1の様な時間軸の中で最初の頃,即ち0年の近くにある種が,例えば種1,種2,種3,種4という種,それぞれ異なる種だと思って下さい。その0年から初期のほう,例えば最初の10年とか,そのくらいの間に入ってくる植物っていうのをパイオニアあるいは先駆種と言っています。時間が経つにつれて,最初の頃に生えていた種が次の種に変わって最後の種に変わっていく,その種の移り変わる過程を遷移と言います。最初に先駆種というのがあるわけですが,よく入ってくる種っていうのは,噴火跡地などだと周りには植物っていうか,供給起源が全くないわけですから,遠くからやってこなくちゃならない。そのための種子を移動させる手段として,その遠くまで種を運ぶ能力のある風や動物に運ばれてくるような種が最初の頃に入ってきやすい。次第にその中間の時期に入ってきまして,その頃を途中相とか中間期って言っています。最後には日本ではだいたい森林になるのですけれども極相と言われてる林になります。日本は,高山帯とか非常に寒いとろを除けば,ほっとけばだいたい極相というのは森になるのですけれども,そういう意味もあってこちらっていうのは非常に日本中多くのところで調べられています。残念なことに噴火直後とか山火事直後にどういう植物がどのように入ってくるのか,それがどのように変化しているかっていうのはある意味で,特に火山で研究例が非常に少ないっていうことで,この話を紹介させて頂きます。

 極相の話っていうのは,今日は全く出てこないので,一応現在の遷移系列の中での今日のテーマであります多様性に関する事を一つだけ言っておきますと,従来は極相が非常に多様な生態系であって貴重であると言われておりましたけども,最近では中規模撹乱仮説っていうのが提唱されていまして,種数っていうのは,その遷移の初期っていうの非常に少ないのですが,それがだんだん種数が時間の経過とともに増えていくと。その中間期っていうのは最も種間競争が激しい段階でいろんな種が,がんばって競争しあっていると,そういう状態の時っていうのは非常に種数が多い。ところがその競争の結果として破れ去ってしまったものが,消えていって形成される極相期っていうのは,中間期に比べると,その生態系の多様性っていうのは低くなっている。だからある程度中規模のダメージを受けている,あるいは競争の激しい時期である,遷移の中でも中間期っていうのが種数っていうのは最も多く,多様であるっていうようなことがいわれています。遷移の中期から後期の話は全部やったことにしまして,遷移の初期の話を続けたいと思います。

 まず遷移っていうのはどのように区分されているかと言いますと,普通には1次遷移, 2次遷移という二つに分けられます。その違いはなにかと言いますと, 1次遷移は,そのある場所で植物が全くなくなってしまった頃から始まる遷移であり,それに対して2次遷移は例えば山火事跡とか,耕作放棄地のような多少なりともその土地に植物が残っているところから始まる遷移のことです。2次遷移の始まりの例としては,この辺りでは知床にせっかく開拓に入ったのですけど,結局その土地の生産力が低いためにみんな離農してしまって,もう見捨てられてしまった畑とか,そういうところですね。1次遷移はさらに2つ,乾性遷移と湿性遷移に分けています。湿性遷移は沼とか湿原からの遷移で,乾性遷移っていうのは乾いたほうの遷移で,代表例として新しくできた島とか,火山噴火とか,溶岩が流れ出たその上での遷移のことを言います。今日まず扱うのは,ですから昔の教科書の言い方で言いますと1次遷移的なところの乾性遷移についての話です。

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図1. 遷移の概念図

 馬渡先生が高校の教科書のことを話されていましたけれども,図2は日本の高校3年生物の教科書が例えば10種類あったら10種類に載っている典型的な植生遷移,あるいは植物の遷移の基本的な概念図です。なぜこれを僕が今日最初に見せなくてはならないかというと,高校の教科書ではよくこういうふうに紹介されているのですが,有珠山ではこのような遷移をしていないのが一つの理由です。さらに言うと,外国,僕が見てきた火山ではアメリカのセントヘレンズ山の山頂付近,ニュージーランドの北島の火山群,さらにはピナツボというフィリピン,まさに熱帯なのですが,それらの火山の噴火跡地などでも,この遷移系列の,後ろのほうっていうのはまだできていないのですけれども,最初のほうで既に教科書とは違うということを一つ言いたいのです。これが大学入試によく出るので,それに対して僕は非常に腹立っているのですけども。1次遷移と2次遷移っていうのは左端が時間の若い時で,右に行くにつれ時間がどんどん経過していると考えて下さい。その遷移の最初になにが入ってくるかっていうと,1次遷移では苔,地衣,藍藻,こういったものが入ってくると説明されています。2次遷移では最初に一年生生草本,その生活史の非常に短い,春出たら秋には花をつけてしまうっていうような非常に短い生活史をもっている植物が最初に入ってくる。その理由っていうのが,なんでかって言うと,火山の噴火跡とか溶岩の上っていうのは非常に栄養分が乏しく種子植物,1年生草本,多年生草本,低木,陽樹,陰樹っていうふうに並べてますけども,このような種子植物は貧栄養土壌の上では非常に成長が困難である。だからそういうこういう連中は,溶岩上とかには最初に入っていけないので,まずほとんど土壌窒素がなくても生活できる苔,地衣,藍藻などのようなものが地表面に定着するというふうに説明されています。それらがある程度土壌を形成すると,やっと1年生草本植物が侵入でき,それから時間が経過するにつれて極相である陰樹の林になるというふうに説明されています。山火事跡とか耕作放棄地の遷移は2次遷移って言いうわけですが,そちらのほうっていうのは,ある程度土壌ができているのでコケなどが優占するステージは必要ではなく1年生草本から遷移が始まるというふうに説明されているわけです。しかし,有珠山ではそうではありません。

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図2. 乾生一次遷移の典型的とされる模式

 ここで,なぜ火山遷移の研究は重要なのかという意味づけをしておきたいと思います。世界における火山の分布及び地震の分布を見ますと,日本は環太平洋火山帯の中のセンターというか,非常に火山の多い,集中しているところである。今世紀大噴火を行った火山の多くがこの火山帯に属していまして,先程言いましたセントヘレンズ山というのはアメリカ西海岸にあり,ピナツボ山はフィリピンにあり,またニュージーランドの北島というのも非常に火山の多い所です。日本の中ではどうかと言うと,北海道にはA級火山と言われています,24時間常時監視体制が必要である極めて危険な火山が,雌阿寒,十勝岳,樽前,有珠山,駒ヶ岳と5つあります。記憶に新しいのでは去年,おと年と駒ヶ岳が小噴火をしました。今日紹介します有珠山は1977年~78年にかけて噴火した火山です。十勝岳の噴火は皆さんには記憶に新しいものと思います。北海道における火山噴火の特徴の一つは,殆どの火山の噴火時には火山灰,軽石の噴出を伴います。場合によっては当然サージとか,泥流,当然火山灰,軽石,泥流が出るのですけども,そえらによって大災害がもたらされやすいっていうのが一つの特徴です。さらに,これらの噴火によって北海道全域に火山灰,軽石を降らせていますので,例えば,これは釧路湿原などで穴を掘ってみるとよくわかるのですけれども,ああいう所でも必ずそのある深さのところに火山灰層が出てくる。というように,北海道の植生っていうのは,一見すると非常に成熟した林であっても,多かれ少なかれその火山灰とか軽石という火山噴火の影響を受けて成立しているっていうのが特徴になっているわけです。したがって,火山噴火の植生に与える影響を初期から調べることは遷移機構を知る上で非常に意味のあることと考えています。

 有珠山の噴火の歴史なのですが,地球物理学的には1977-1982年にかけて有珠山は火山活動が認められています。始まりは1977年のこの軽石の大噴出噴火,7,8月の7日から14日にかけて,ここから噴火が始まるのですが,地球物理学的には82年まで火山性微動とかそういうのが続いていて,火山活動はありました。ただし我々植物をやっている人間にとりましては,植物が影響を受けるっていうことが火山性微動からくるっていうことはまず考えられませんので,植物に被害を与える火山噴出物が出るのをやめた時,そこまでを噴火の期間としています。それはいつかと言いますと,1978年10月27日に小噴火があって火山灰を噴出したっていう,その段階をもって一応火山噴火の終りとします。というわけで,火山噴火の生態系に対する影響は77年-78年にかけてのおおむね1年半から2年間であるということになります。その78年っていうのを遷移の始まり,開始0年ということにして考えてよいと思います。

 よく噴火当初はどのようだったのですかと聞かれるのですが,残念なことに僕はその時,77年,78年っていうのは,僕は出身が茨城県なのですけども,その実家で高校3年生をやっていましたので自分では見ていません。むしろ札幌に来てみんなに,札幌でも車の上に火山灰が積もっていたとか,そういう話を聞くたびに,ああ,そういうものなのかなあ,という程度であまり自分でこうだったとは言えないのが残念なのですけども。しかし,噴火直後の航空写真を見ると当時のイメージっが非常にわかるなという感じです。図3にありますように,第4火口という4回目の大噴火をしたところなのですけども,それが有珠山における1年半の噴火の中で最大だったのですが,その時にできた火口を示しておきます。直径200 mくらいだと思うのですが。また,山頂部から外輪山にかけてガリーって言われていまして,沢,日本語で言うと沢としか訳しようないと思うのですが。大きな雨とか雪解けの水で削れてできた沢が形成されています。火口源内には大小のガリーが,あちらこちらにできていました。ガリーができているってことはこの辺には非常に火山灰が厚く堆積していたということです。だいたい火口源辺は火山灰で植物がほとんどなくなってしまった。ところが,外輪山辺は噴火で死ななかった木が生き残っていたわけです。有珠山は外側を外輪に囲まれまして,その中に二つの山頂をもっています。一つが大有珠と言われている所で,もう一つが小有珠と言われております。噴火前はこの山頂部も,緑々していたのですが,それが第四火口,それ以外の部分でも何箇所か,10回くらいで噴火しているのですが,その時に火山灰が積もっったり,直後に雨が降るとその雨の重みで枝が折れたりとかして,木が死んでしまったり,あるいは爆風で植物が死んで殆ど裸地状態になってしまったと,ここから植生回復が始まったわけです。先程言いましたように,噴火直後,僕はまだ高校生から大学生にかけてのときで,その頃のデーターは自分では取っていませんので噴火直後のデーターは,帯広畜産大学の今野先生のデーターによるものですが,火口原から外輪山にかけて確認された植物は,次の4種でした。この報告書では残念なことに調査区の大きさ書いてないので,どのくらいの面積でこうだったのかがよくわからないのですけども。ともかく生えていた植物ってのは若干なりとも植物の生きていた外輪山でもオオブキエゾノギシギシ,スギナ,アザミの仲間の4種が生えていた。6つの調査区を作ってその中に4種があったにすぎない。噴火の時にギリギリ爆風の被害を逃れた植物が,多少なりともある辺りが外輪山って言っている部分です。火口源と言われる平坦部に火山灰が数メーター堆積しまして植物が殆ど死んでしまった辺りです。火口源に至っては,2調査区しか調べてないのですけども,そこでは非常にまれにしか出てなかったという意味でエゾノギシギシだけがちょこっと,だから多分実生,芽生えがちょこちょこっと生えてだけっていうような状態だったっというように考えられます。だからほとんど火口源っていうのは全く何も生えていない状態から植生回復が始まっているといえます。

Usu
図3. 有珠山火口原周辺の地形的特長. (A) 有珠山. Cb: 火口原. (B) EG: 旧表土の出現したガリー('沢'と訳す人もいる). OG: ガリー外部. CG: 旧表土の出現していないガリー

 さらに今のが噴火直後,79年に調査された,すなわち噴火から1年経過した段階なのですが,今度はそれから噴火3年後ですか。3年後に航空写真と実際現地を歩いた調査結果をもとに,フランスからの留学生のアン=リビイルという方が作った植生図をもとに見てみます。第四火口がありまして,その周辺のいっぱい植物が生えているところが外輪山です。火口源では,ここは殆どまだ,若干の植物の侵入は認められるけども,まだ定着には至っていない。おそらく殆ど芽生えばっかりでそれが雨とかで,雪とかで流されて死んじゃってることの繰り返されていった状態だったものと思われます。それに対しまして外輪山では非常に植物がたくさんびっちりと生えているっていうふうに,そのやはり噴火の時に絶滅してしまった場所と,多少なりとも生き残っていた場所とでは植生回復の速度が全く違うというのがわかります。

 それで1983年,すなわち噴火5年後から,私は有珠山の植生回復を調べようっていうことで調査を始めたわけです。さっきの噴火3年後にアン・リビイル植生図を作成したときと殆ど同じ状態で,噴火6年後ではこの外輪山というのは殆ど植物でびっしり覆われていた。これは主としてオオブキとか,オオイタドリっていう大型の多年生草本です。それに対して火口源っていうのは火山灰に覆われ火山灰の上には殆ど何も生えていないという状態でした。


岩手大学第43回COEフォーラム

北極異変 -凍土と植生-

露崎史朗

(北海道大学大学院地球環境科学研究院・温暖化影響評価部門)

 地球温暖化の原因が人為かどうかはさておき、近年、地球規模で気温上昇が起こっていることは否定できない。殊に、温暖化は、極地生態系において大きな脅威となっている。すなわち、永久凍土層の存在が、極地生態系の構造を規定する主要因であるが、その消失が懸念される。アラスカ、フェアバンクス近郊では、永久凍土を欠如する南側斜面ではシロトウヒ林が、永久凍土が存在する北側斜面ではクロトウヒ林が発達する。さらに、アラスカでは、森林火災がこれまでにない大規模なものとなっている(これも温暖化が原因とされる)。そこで、アラスカ内陸部で2004年に発生した大規模火災地内に永久調査区を設け、追跡調査を開始した。ここでは、少なくとも遷移初期にはクロトウヒは、更新できていないこと、そして回復にはミズゴケの定着と凍土の発達が重要であることを指摘したい。

岩大ページ

2007年 雪氷学会

アラスカ州内陸部・ポーカーフラットにおける森林火災撹乱で生じた永久凍土の衰退

澤田結基,原田鉱一郎,石井吉之,兒玉裕二,成田憲二,露崎史朗,石川 守,福田正己

 アラスカ州フェアバンクス郊外で2004年に発生した森林火災跡地で地温と積雪の観測、および2次元電気探査を行い、火災後の永久凍土の分布を明らかにした。火災による撹乱が最も大きい場所では永久凍土が存在しないことが明らかとなった。火災前に永久凍土が分布していたとすれば、表層有機土壌の消失による地中熱流量の増大と、土壌の乾燥化に伴う潜熱の減少が、永久凍土消滅の要因として考えられる。

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