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(2016年11月29日更新) [ 日本語 | English ]

日本 (Japan)






有珠山 / サロベツ泥炭採掘跡
1986年, 2006年の有珠山火口原. ワタスゲ・エゾカンゾウ

[歴史, 北海道, 世界]

索引
齢構成
戦前: 発展型
1950-70年代: 安定型

→ 少子化につれ急速に衰退型

2013年: 65歳以上が全人口に占める割合26%
登山関連
  • : 移動性高気圧 + 低気圧が日本海に入ると南よりの風が吹き気温高くなる(最初の南風 = "春一番")

    気温↑ → 雪山では雪崩、増水注意

    寒い大陸性高気圧と暖かい大平洋高気圧共存(高山は真冬も共存) = 寒暖差大 → GW遭難
  • : 梅雨前線: 6月半ばになると日本付近停滞
    梅雨末期: 特に西日本は大雨、関東は雷発生。梅雨前線が太平洋高気圧で北に押し上げられ梅雨明け

    "梅雨明け10日"(諺): 梅雨明け後10日は優勢な太平洋高気圧のため最も安定した晴天となる

    この時期を過ぎると山は雷や台風に会いやすい
  • : 秋雨(秋雨前線) + 台風 → 過ぎると大陸性高気圧が寒気を吹き込み好天になるものの気温低下 – 紅葉
    春同様、寒暖差激しく2000 m以上では氷雨・雪も有りえ十分注意 + 日長短く行動時間もあまり取れない
  • : 冬山に関する知識と経験がなければ行動できない

→ 植生垂直分布

植生 (vegetation)


一般性 (気候 climate)

降水量 precipitation
→ 湿度 moisture
雨量が十分(> 1500 mm/year)で制限要因(limiting factor)とならず、森林限界以上の高所を除くと森林がどこでも成立可能 (北海道)
温度 temperature
温量指数

特殊性

気候的 (climatic)
日本海型気候: 冬豪雪あるいは多雨。4-7 mの積雪。湿雪であり低湿となる

雪に埋もれた植物は雪に保護されるため低温障害はあまり受けない
→ 匍匐型(dwarf form)植物の発達

太平洋型気候: 冬小雪あるいは少雨、乾燥低温。夏多雨

→ 直立型(straight from)

瀬戸内海気候: 植生的にこの気候を加えるのは見解の差程度のもの
日本海側 vs 太平洋側
→ 日本の植生の背腹構造 (dorso-ventral structure)

直立型 ⇔ 匍匐型: 雪圧に対する植物の適応 → 同一種で分化

      太平洋側        日本海側
      ヨシノスギ      アシュウスギ → 伏條更新
        (オモテスギ)    (ウラスギ)
      ヤブツバキ       ユキツバキ
      イヌガヤ        ハイイヌガヤ
      直立型          匍匐型
地形的 (topographic)
≈ 土壌的 edaphic
一般的な土壌: 落葉広葉樹林 = pH中性化 ↔ 針葉樹林 = 酸性化
Japan
白山-雨乞岳 (鈴木 1972)
白山 = オニグルミ林 ↔ 雨乞岳 = ススキ草原

→ 広く分布

オニグルミ林 = 水蓄積する所に成立
日本: 一時的に多量の雨が流入 inflow

→ assimilation = 水が表層に浸出

→ 水が山頂から途中での様々な土壌成分を持ち込む
= 山麓森林では土壌成分(K2O, NaO, NO3-等)移動顕著(CaO, MgO, NH4+等の移動も認められる)
→ 土壌アルカリに傾く
火山植生 volcanic vegetation
火山国日本の特色
日本列島: 地質時代から火山活動影響 → 火山影響少ない欧米植生研究では説きがたい面(飯泉 1986)

温量指数 (warmth index)


日本: 南北に長く位置し、標高も幅が広いため多様な植生が発達 (鈴木 1972)
温量指数分布(WI)と日本の植物分布帯
WI: 植生帯(気候帯) → 優占種(代表)
85 >: 照葉樹林(暖温帯) → ツバキ、クスノキ

100-140 → アコウ、ナギ、イヌマキ
85-100 → シイ、イチイガシ、アラカシ、タブ、モチノキ
≈ 85 → アカガシ、ヤブツバキ、ツクバネガシ、シラカシ、ウラジロガシ

45-85: 温帯落葉広葉樹林(ブナ林帯・冷温帯) → ブナ、イタヤ、ウラジロモミ

WI: 85-45, CI > -15: 本州の植物分布に合うが北海道の針葉樹林に合わない

15-45: 常緑針葉樹林(亜寒帯・亜高山帯) → シラベ、オオシラビソ、トドマツ、エゾマツ、トウヒ
15 <: 高山帯

Vegetation 日本の植生 (Vegetation in Japan)
高山植生
亜高山 (冷帯針葉樹林
北方林 (針広混交林)
落葉広葉樹林
常緑広葉樹林
モミ・ツガ林

(山中 1990)

生物地理区 (ecozone, biogeographical region)


植物種数に富み維管束植物約5000種が46°Nの亜寒帯近くから南は26°Nの琉球列島および小笠原列島に集中
Rhododendron, Primula, Hydrangea等が固有的種として多い

北帯植物界: 支那-日本区系域 Sina-Japanese region: 北日本及び南樺太区系区(南部を除く北海道), 朝鮮及び南日本区系区(北海道南部、本州、四国、九州)
旧熱帯植物界: 東南アジア大陸区系域: 台湾および琉球列島区系区(琉球列島および小笠原諸島)

1949 前川
地史的条件考慮し、古第三紀に日本列島は大陸沿海州から迫り出した半島(マキネシア)の東縁を形成し、大陸と共通のフロラを有したのが、大陸から独立したため現在のフロラを構成するようになった → フォッサマグナの重要性

蝦夷・陸奥地域、関東地域、フォッサマグナ地域、日本海地域、襲速(ソハヤ)地域

1959 原

気候型

北海道区: エゾマツ、トドマツ、ハルニレ、アサダ等の針広混交林
北陸区: ブナ、ミズナラ、ヒノキアスナロ、キタゴヨウが広範見られ、ヒメモチ、エゾユズリハ、ユキツバキ、ハイイヌガヤ、チャボガヤが特徴となる種
関東区: 南部 = シイ、タブノキ、アラカシ等常緑広葉樹、平野地 = クヌギ、クリ、コナラ、ケヤキ、イヌシデ等落葉広葉樹、山地 = ブナ、イヌブナ、ミズナラ等落葉広葉樹とシラベ、オオシラビソ、コメツガ等針葉樹
中部山岳区: ミズナラ、ブナ、シナノキ等落葉広葉樹、シラベ、オオシラビソ、コメツガ等針葉樹多く関東区と同じだが、ヒノキ、サワラ多く、チョウセンゴヨウ、ヤエガワカンバ、ケショウヤナギ等アジア大陸要素隔離分布
西日本区: 東海地方・近畿地方以西本州、四国、九州本島、種子島、屋久島: スダジイ、コジイ、マテバシイ、イチイガシ、アラカシ、クスノキ、イスノキ等の常緑広葉樹。特に南部の襲速紀にはコウヤマキ、トガサワラ、キレンゲショウマ、イワザクラ、クサヤツデ、テバコモミジガサ等、中部支那との近縁種に富む
琉球区: リュウキュウマツ、アダン、ノヤシ、オキナワウラジロガシ、ヤエヤマノボタン、オヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシなどインド-マレイ系の亜熱帯ないし熱帯性植物に富む
小笠原区: タコノキ、オガサワラビロウ、ムニンヒメツバキ、アデク、テリハコブガシ、オガサワラグワなどインド-マレイ系熱帯性植物に富む。さらにオオハマキキョウ、ワダンノキ、シロテツ等ミクロネシア系植物も存在する
生物相 (biota)

Japan
図. ブラキストンセンと八田線

= 南西諸島 + 本州・四国・九州 + 北海道
ブラキストン線 Blakiston line: 本州・四国・九州 /[津軽海峡]/ 北海道 → 哺乳類

約10000年前
ツキノワグマ / ヒグマ
× / ユキウサギ、シマリス、キタリス、クロテン、タイリクモモンガ
ニホンザル、ニホンカモシカ、ノウサギ、ヤマネ、ムササビ、ホンシュウモモンガ、ニホンリス / ×

八田線: 北海道 [宗谷海峡] 樺太 → 両生類・爬虫類

10000年よりも古い

瀬戸線: 屋久島 [トカラ海峡] 石垣島・西表島

トカラ海峡 = 水深1000 m → 大きく分断され動物相乏しい
Ex. 西表島にモグラはいない

日本森林 (forests in Japan)


常緑針葉樹林 needle-leaved forest

積雪が植物分布に関与: 多雪地帯は一般に幼時に下枝が枯れ上がらず、やや下向きに枝を張る形をとるが、少雪分布型の樹種は普通に直立する形であり、積雪に対する生育型の違いがある
北海道: 針葉樹林は比較的単純 → 平地まで降りている亜寒帯針葉樹林は北海道東部に限られる エゾマツ/トドマツ: もっとも大きな差は土壌水分条件

南西斜面 = 乾燥 – トドマツ、エゾマツ、ミズナラ、アサダ、ハリギリ
北東斜面 = 湿潤 – シナノキ、オヒョウ、イタヤカエデ

倒木更新: アカエゾ、エゾは倒木更新地にしか見られない

蘚類型: 乾燥 ↔ シャクナゲ型: やや乾燥 ↔

ササ型: 湿潤 ↔ シダ型: 相当湿潤

Cf. 縞枯山 – 帯状更新

北半球に針葉樹林が発達した理由 (Eyre 1975)
  1. 葉は針葉で、その構造は乾燥に耐えうる。クチクラ層が発達し、気孔が多面にあるため蒸散を制限
  2. 常緑針葉 → 光合成は早くから可能
  3. 南半球 → 大陸塊がない

落葉広葉樹林(夏緑樹林) broad-leaved fores

水分少ない時期には落葉し蒸散抑える。は鱗片で保護される
(冷)温帯・山地帯極相として成立 WI = 85-45(or 55)
ブナ林・ミズナラ林(代表群落)
林床: 開葉後急激に相対照度が数%まで落ちる → その前の期間で栄養・生殖活動を済ませる種が多い (春植物)
ブナ林 beech forest
Fagus crenata Fr: 極相種

ブナ分布: 月平均気温10°C以上が4-6ヶ月続く = 北海道(南西部: 黒松内低地帯以南西)、東北地方-九州
ブナ林分布: 九州、四国にもブナは存在するがブナ林南限は関東

  1. ブナ科植物とクスノキ科植物が混交
    ブナ的: ブナ、ミズナラ ↔ クスノキ的: ヤブニッケイ、タブ、シロダモ
  2. 積雪に助けられササ類優占
    タケ: 大型、熱帯原産 → ササ – 積雪に対する適応
  3. ブナ林の高木(低木)層にカエデが混じる
日本海側

ブナ-チシマザサ群集(ハウチワカエデ、ミネカエデ、ハイイヌガヤ、チシマザサ、ヒメアオキ、エゾユズリハ、ヒメモチ、タムシバ)
ブナの葉面積大 - オオバブナ

太平洋側

ブナ-スズタケ群集(ナツツバキ、ウラジロモミ、ヒメシャラ、コハウチワカエデ、オオイタヤメイゲツ、コミネカエデ、タンナサワフタギ)
ブナの葉面積小 - コバブナ

渡島半島

ブナ、マルバマンサク、ヒメモチ、オオバクロモジ、トチノキ、サワグルミ(本州は極相に出現)、ミズナラ・エゾイタヤ・シナノキ林: チシマザサ、クマイザサ、ハウチワカエデ、エゾイタヤ、オオカメノキ、シシガシラ、サワシバ、コシアブラ、ハリギリ、ミズナラ、シナノキ、ジュウモンジシダ、シラネワラビ

→ 代表的ブナ林メンバーはブナが無くても北へ分布域伸びる (ブナはないがその群落は北にもある)
Deciduous forest
ブナ欠如原因: カラマツ消滅とも関連?
  1. 山火事消滅説: 石狩低地帯まで定着したブナが山火・野火により消滅
    自然植生のブナ(萌芽再生能力弱。場合により0) → ミズナラ・コナラ人為植生
  2. 噴火絶滅説: 羊蹄山の存在 → ブナ移動阻む
    火山活動(火山灰効果、火山灰土壌) → 貧栄養土壌
    + → 萌芽性強い植物有利: ミズナラ、カシワ、コナラ、エゾイタヤ
    + → 貧栄養土壌に強い植物有利: 針葉樹
    Cf. カラマツ属消滅: 化石からはLarix gmelniiが出てくるが近世急に消滅

照葉樹林帯 laurel forest

= 常緑広葉樹林帯 (日本の照葉樹林帯は二次遷移林がほとんど)
温帯林: 暖温帯の雨量の多い地方に成立 → 標高下からシイ帯-カシ帯(モミ帯)-ツガ帯

ブナ科: シイ類 (スダジイ・コジイ), カシ類 (アラカシ・シラカシ・ツクバネガシ・アカガシ・ウラジロガシ)
クスノキ科: クスノキ・タブ(沿岸)・ヤブニッケイ
ツバキ科: ヤブツバキ
マンサク科: イスノキ
クチクラ層発達し、強光に耐える。芽は鱗片で保護される

弥山原始林: 大正2年にベルリン大学教授のアドルフ・エングラー博士が宮島を訪れ弥山に登山した際、ヤマグルマやマツブサなど植物系統学上の貴重な植物を見て、大いに感激した。この世界的な、植物学者は「私は、できるならば一生ここに住んでここで死にたい」とまで弥山の植物を激賞したと伝えられている。彼の強いすすめで、三好学博士が天然記念物の指定を進言し、昭和4年に国指定、昭和32年には特別保護区になった。面積は158.7ヘクタールに及び弥山の北斜面を占める。ツガ林アカガシ・ウラジロガシ・ツクバネガシなどを伴うアカマツ林から構成され西南日本の暖帯から中間帯を代表する森林で、瀬戸内海の島に残る極相林として貴重な存在である。(2014-03-16)
シイ林 evergreen oak forest, or Shii forest
琉球-太平洋側福島県南部/日本海側佐渡島

海岸沿い尾根部や南向きの斜面等に成立 → タブ林より乾いた環境に多

分布: 九州以北
暖温帯性シイ林
混生種: ヤブコウジ、テイカカズラ、ベニシダ、アラカシ、キヅタ等

↑↓ 鹿児島県大隅海峡 ↑↓

分布: 屋久島、種子島、琉球列島
亜熱帯性シイ林
混生種: リュウキュウアオキ、シシアクチ、オオシイバモチ、アデク等

タブ(タブノキ)林 evergreen oak forest, or Tabu forest
太平洋側岩手県中部/日本海側青森県-琉球列島

海岸沿い低地や谷間など土壌が深く、やや湿る場所に多(川沿いでは内陸部までみられることもある)
イノデ-タブノキ群集(代表群集): イノデ、ヤブソテツ、マルバグミ、ケヤキ等により特徴づけられる

亜熱帯降雨林 subtropical rain forest

ビロウ、ヘゴ、アコウ、ソテツ: 葉は大形で薄いものが多い。芽の保護は少ない

日本で見られる草原

  1. 高山草原(お花畑)alpine meadow: 消雪とほとんど同時に開花するので、その季節には花が多くなる。地中植物、多年生長日植物あるいは小型の木本(ツツジ科)
  2. 草地生湿原 herbaceous wetland
  3. 人工草地: ススキ・シバ草原等

針広混交森林 (mixed forest)


 その名の通り、針葉樹と広葉樹を混じえる森林。亜寒帯針葉樹林帯と温帯落葉広葉樹林帯の間に成立し、針広混交林 mixed forest または北方森林移行帯 boreo-nemoral transitional forest と呼ぶ

林学において施業上も注目されつつある

混交
  1. 針葉樹と広葉樹の混ざった植生
  2. 針葉樹林と広葉樹林がモザイク状に配列されている植生
Mixed1 Mixed2
[1/2] 2010年10月9日、札幌から中山峠へ向かう途中。紅葉(黄葉)が落葉広葉樹、緑葉が常緑針葉樹
分布
  1. ユーラシア大陸混交林
    1. スカンジナビア半島-東欧部(N50°付近)
      ドイツトウヒ、欧州アカマツ、しばしばドイツトウヒが優勢。落葉樹としては欧州ミズナラQuercus rubra、欧州カエデAcer platanoides、欧州シナノキTilia cordata、欧州トネリコFraxinus excelsiorが混じる
      低木としてハシバミ属Colylus、他にニレ属Ulmus glabraがある。
    2. ポーランド
      ナラ・欧州アカマツ代表 湿潤・富栄養土壌中にナラ・シデ林。貧栄養砂質土壌で欧州アカマツ優占林
    3. 日本を含む極東の一部(N45-50°)
      欧州と比べ、群落構成種数豊富で階層構造複雑化

      地史的要因 → ヨーロッパで低種数は氷河の影響

      Sasa繁茂著しくツル植物に富む。Pinusに替えて、トウヒ属、モミ属がある
      基本的広葉樹: Ulmus, Fagus, Qercus, Acer, Tilia, Fraxinus等、稀にCercidiphyllum 砂質地: ナラ類

      適潤富栄養下: イタヤ類やシナノキ類
      適潤肥沃土壌で平坦地(適潤より高水分と推察): ハルニレ
      不良排水地: ヤチダモ
      山地渓谷の良排水地: カツラ
      平坦地で湿地となる所: (ヤチ)ハンノキ

      Ex. 野幌 = 落葉広葉樹 (ミズナラ・ウダイカンバ・カツラ・ハルニレ) + 針葉樹 (アオトドマツ・アカエゾマツ・エゾマツ)

  2. 北米大陸、主に東部(N40-50°): 五大湖周辺から南方にかけて分布
    五大湖周辺ローレンス湖ではBlack spruce (Picea mariana)優占。また、ストローブマツPinus strobusやバルサムモミAbies balsameaあるいはツガTsugaが分布する。ミネソタ、ウィスコンシン、ミシガン地方にかけてはストローブマツ Red pine、アメリカブナ, Acer, Quercus, ヒッコリーが混交する
ヨーロッパ針広混交林 miexed forest
mixed forest

単純に南からブナ、北からマツ、トウヒが入って混交林帯を作る

緊張帯 zone of intense

→ 混交林 ≠ 移行帯 → 一方が不安定になると他方が進出する不安定平衡状態で成立

東亜温帯領域(日本)
mixed forest
エゾマツは上にトドマツは下に勢力を伸ばす
mixed forest
緯度分布から形成されている混交林というよりは、垂直分布により形成されている混交林である

公園 (park)


自然公園法, 景観計画, 日本史

自然公園 (natural park)


2013/06/25

(水源涵養保安林)

雌阿寒オンネトー自然休養林

この自然休養林は、日本でもまれにみる自然美に恵まれたところであります。
ごらんになられている雌阿寒岳(活火山・標高1,499 m)・阿寒富士(休火山・標高1,476 m)の雄姿、その山麓に広がるアカエゾマツを主体とする森林、さらに秘境といわれるオンネトー(老いた沼の意味・周囲 4 km)のたたずまい
この調和のとれた すばらしい自然美にこれからのひとときを心行くまでくるろいでください。

林 野 庁


2013/10/21

ようこそ
高尾山国有林へ

高尾山自然休養林

林野庁関東森林管理局は高尾山国有林(452 ha)を自然休養林に指定し 皆様の保健休養の場として利用頂いております。

林野庁 関東森林管理局

高尾山で見られる動植物 (環境庁)

ホタルブクロ (キキョウ科): 山野に生える多年草で地下茎で繁殖します。初夏に茎の先の方から咲き始め、赤紫色の可憐なつりがね形の花をつけます。花の中に蛍を入れる遊びから、この名がついたといわれています。

ムラサキシキブ (クマツヅラ科): 初夏に淡紫色の花を多数つけます。果実は紫色に熟し、その美しさを紫式部にたとえて和名が付けられました。

カシワ (ブナ科): 丸いドングリは細長い鱗片のついた殻斗に包まれています。材はウイスキーの樽に、葉は餅を包んでかしわ餅とします。冬に葉が枯れてもなかなか落ちず、木に残っています。

ヤマユリ (ユリ科): 夏にむせるほど香りの強い大きな花が咲きます。花は白色地に斑点と黄色い線があります。山野の傾斜地や草むらに自生します。鱗茎は百合根と呼ばれて古くから食用にされます。

オオバギボウシ (ユリ科): 山地などのやや湿った草地に生える大型のギボウシです。古くから観賞用に植えられ、園芸品種も多くあります。若い葉柄や葉身はウルイと呼ばれて食用にします。

マユミ (ニシキギ科): 熟した淡紅色の実が、晩秋に割れて橙赤色の仮種皮に包まれた種子をつりさげます。ヤマニシキギとも呼ばれます。材は緻密で将棋の駒やこけしに用いられます。

イロハモミジ: 葉が5-7に裂け、「い・ろ・は・に・ほ・へ・と」と数えらえることから名づけられました。紅葉の名所である京都の高雄山の名をとり、タカオカエデの別名もあります。

→ [ 昆虫 | 鳥類 | 哺乳類 ]


井の頭公園

Inokashira Park
2015年1月14日御殿山

お茶ノ水 Ocha-no-mizu
由来: 徳川家康が井の頭池の西端のこの湧水をくみ関東随一の名水と誉め茶を入れた (現在は地下水をポンプで汲み上げ)
御殿山 Gotenyama
由来: 徳川家光が鷹狩りの際に宿所をもうけ休憩した
シデ、コナラ、クヌギなどの雑木林
井の頭池 Inokashira Pond
→ 神田川の水源 → 江戸時代は神田上水として江戸の人々の飲み水
かつては湧水口が7箇所あり七井の池とも呼ばれた
池の中央の七井橋はこれに由来
サクラ Cherry blossoms
園内にソメイヨシノとヤマザクラなどの約500本のサクラ
池周囲には約250本のソメイヨシノ(Prunus × yedoensis) → 池の水に映える満開のサクラや花吹雪は見事

2015-01-15


大井埠頭 干潟保全地区

  • 干潟保全地区
    運河に面した所にあり、ゴカイ・貝・カニ・魚・藻類がみられ、これを餌とする水鳥の姿を観察小屋から真近にみることができます。
  • 野帳観察小屋の利用について
    平日: 暖代のみ (事前に公園管理事務所に申し込んで下さい)
    日・祝日: 一般のみ

    4月-9月 9:00-17:00
    10月-3月 9:00-16:30
     ただし、天候等の状況により閉園する場合があります。

  • 12月29日から1月3日までは休園となります。
干潟保全地区で見られる動植物

ユリカモメ カワウ カルガモ コサギ
タマキビガイ
タテジマフジツボ コメツキガニ
マハゼ ボラ

禁止事項

つり禁止 採集をしない事 ペットを連れて入らない事

せせらぎの森で見られる虫と花
キタテハ (タテハチョウ科)
成虫で越冬するので、一年中見られます。幼虫はカナムグラの葉を食べ、成虫はこの森ではセイタカアワダチソウの花によく集まります。
開帳 約60ミリ
トノサマバッタ (バッタ科)
6-10月に見られます。飛ぶ力が強く、大発生して農作物に被害を与えることもあります。この森では、緑色系より褐色系が多くみられます。
体長 48-65ミリ
アオモンイトトンボ (イトトンボ科)
海に近い池沼に住み、この森ではたくさん見られます。長時間オスとメスが連結しますが、卵は草の組織内に単独で産み付けます。
体長 約32ミリ
ツバメシジミ (シジミチョウ科)
この森では最も数が多いシジミチョウの仲間で、3-10月に見られます。幼虫はマメ科の草類のツボミや花、新芽などを食べます。
開帳 約25ミリ
ギョリュウ (ギョリュウ科)
中国原産で、この森には東海埋め立て地にあったものを移植しました。5月頃と9月頃の2回花が咲きますが、5月の花は実を結びません。
樹高 3-5メートル

お願い
1. 火気の使用は出来ません。 2. 昆虫・植物をむやみにとらないでください。


2015/03/20

城 山 周 辺 案 内 図

城山自然遊歩道案内
 城山自然遊歩道は、照国神社横の探勝園と、岩崎谷の薩摩義士碑の2ヵ所の入口から遊歩道に入り、自然を観賞しながら展望台に至る約2キロメートルのコースです。城山は、昭和6年、国の文化財として、史跡・天然記念物に指定されており、樹齢およそ400年にもなるクスの大木をはじめ、常緑広葉樹やシダ類が繁茂し、亜熱帯植物など600種程度あり、市街地の中にあって南九州特有の林相を保ち、数多くの野鳥や昆虫が生息する自然の宝庫です。
所 在 地 城山町
コース全長 約2 km
開設年月日 昭和47年12月16日
所 用 時 間 約30分
♣ みどころなど
鶴丸城跡・西郷隆盛銅像・照国神社・探勝園・薩摩藩士碑・夏陰城跡・西郷隆盛洞窟・西郷隆盛終焉の地・私学校跡・市街地展望など
♠ 難易度レベル ♠♠♤♤♤
自然遊歩道を利用する皆さんへ
  1. 歩行中は禁煙です。
  2. 植物や動物を傷つけないようにしましょう。
  3. 史跡、歩道施設、標識などを大切にしましょう。
  4. 歩道以外の土地にみだりに入らないようにしましょう。
  5. 紙くず、空き缶などは必ず持ち帰りましょう。
城山
 城山は鹿児島県市街地にせり出した高さ107 mの丘。姶良カルデラの外輪山の一部とされ、そのほとんどが火山噴出物のシラスからできています。高さ数千mにも達する噴煙を上げる桜島を真正面に、晴れた日は南に開聞岳、北に霧島連山がそびえ、鹿児島市街地、錦江湾を一望する雄大な眺めは、鹿児島の第一の展望と称えられています。
 城山といえば西郷さんーと言われるほど西南戦争の激戦地としての印象が強い城山。明治維新の英雄・西郷隆盛をはじめ桐野利秋、別府晋介ら多くの薩軍将兵が壮烈な最後を遂げた1877年(明治10)の出来事は、あまりにも有名な歴史の一こまとして語りつがれています。
 更に歴史をたどると、中世南北朝時代に上山氏がこの山に城を築き、以来島津氏の治世となっても城山として守備にあたったことが、ドン広場の土塁や空壕跡からうかがえます。
 城山のもう一つの魅力は、全山を覆う珍しい植物群です。この展望台に至る遊歩道は、照国神社と岩崎谷の2つの入口から、国の天然記念物に指定された自然の森へ分け入ります。樹齢400年にもなる巨大な楠の群落、シロヤマシダ、シロヤマゼンマイと城山の名を冠した暖地性シダや亜熱帯植物など約500種もの植物が生い茂り、たくさんの野鳥や珍しい昆虫も生息しています。
自然遊歩道
 遊歩道に沿って照葉樹林の森の姿と、珍しい植物や昆虫と出会います。城山で最初に発見された暖地性シダ = シロヤマシダや生きた化石 = キムラグモ。約500種もの植物が繁茂する城山は自然の宝庫です。  
西郷隆盛終焉の地
 史跡では南北朝時代に築かれた上山氏の山城跡や水を漏らさない城山層を利用した藩政時代の水道遺跡のほか、西郷隆盛洞窟、西郷隆盛終焉の地碑が見どころです。

庭園 (gardens)


特別名勝・特別史跡 東京都立
離宮恩賜庭園

Hama  この地は、もとアシの生い繁る将軍家鷹狩の場でしたが、承応年間(1950年代)に甲府宰相松平綱重の別邸となり庭園として造成され、甲府殿浜屋敷又は海手屋敷と呼ばれました。その後、綱重の子綱豊が六代将軍家宣となるに及んで名を浜御殿とし、大いに改修が行われ景観を整えました。園内には茶屋・鴨場等を設けるなどして将軍家の行楽や接待の場としてもちいられ、また江戸城の出城としての役目をもっていました。
 明治維新後宮内省所管となり、以後浜離宮と改め、迎賓・謁見の場として大いに利用され、皇室の観桜会もしばしば催されました。昭和二十年には東京都に下賜され翌年より一般公開しています。
 本園は、広大な池泉に海水を導き、塩の干満によって庭趣に変化をもたせた潮入りの回遊式築山泉水庭で、不幸にも関東大震災や太平洋戦争により建物や多くの樹木を焼失しましたが、お伝い橋のかかる潮入りの池や鴨場等に往時の面影を残しており、江戸時代に発達した大名庭園を代表する貴重な文化財であります。

  開園 昭和21年4月1日
  面積 250,165 m²
○ 休園日 年末年始 (12月29日から翌年1月1日)
○ 注意 入場料の払い戻し及び入場券の再発行は、原則として行いません。

 浜離宮恩賜庭園 ☎ 03 (3541) 0200
特別名勝及び特別史跡「旧浜離宮庭園」と汐留第二ポンプ所について
一 特別名勝及び特別史跡「旧浜離宮庭園」
 この附近は江戸時代の初めまではアシやヨシが生い茂る海辺でした。ここ汐留第二ポンプ所に汐留川をはさんで隣接する都立浜離宮恩賜庭園の地区は江戸時代の初めに埋立てられ、寛文九年(1669)、甲府宰相松平綱重の浜屋敷の庭園として完成しました。綱重の子綱豊(後の六代将軍家宣)の代になると、庭園は将軍家別邸となり、幕末まで続きました。明治時代に至り、庭園は皇室の離宮となり、昭和20年11月東京都に下賜されたものです。
 この庭園は、江戸時代の大名庭園の特徴である、広々とした「池泉廻遊式」による庭園であり、また、立地を利用して海水を引き入れ、その干満の差による景観の変化を楽しむことができる「汐入り庭園」であります。今では、「汐入り庭園」としては、東京に唯一残る貴重な庭園です。
 石垣で築かれた外周部、周囲を取り囲む水面で構成された景観を後世に末永く保存するため、昭和23年12月、「旧浜離宮庭園」として国の名勝及び史跡に指定され、同27年11月には国の特別名勝及び特別史跡に指定されました。
 この指定区域は庭園本体と周囲の水面からなり、その範囲は周囲の石垣の法尻から、海上に向かって五十間(約90 m余)、その他の三面については、同じく石垣の法尻から、河川に向かって10間(約18 m余)が定められております。 二 汐留第二ポンプ所
 ここ汐留第二ポンプ所は、都市化の進展に伴う下水量の増大に対処するため、昭和57年7月から平成12年3月まで18年を費やして建設されました。
 本ポンプ所の機能は、港・中央・千代田・新宿の4区の一部地域から集められた下水を「芝浦水処理場」に送るとともに、降雨時には、従来、旧浜離宮庭園に隣接する汐留川に排水されていた雨水を東京湾に排水することです。このポンプ所の完成により、庭園周囲の水面の浄化に貢献しています。
 ポンプ所の建設にあたっては、隣接する旧浜離宮庭園(文化財庭園)の保存の意義を尊重し、指定区域を避けた汐留川の埋立てによる用地の確保や、外観意匠などに配慮した建物としたほか、施工にあたっては、庭園への影響が生じないよう、低騒音、低振動工法を採用するなどの配慮を行いました。

平成12年3月 東京都下水道局 東京都建設局公園緑地部

クネンボ 九年母
Kunenbo  芝生の上に、黄色いミカンの様な実が転がっていたら、それは、正面にある松の木の後ろにある、クネンボの実です。
 ミカン科の植物で、16世紀室町時代後半に、日本に来たようです。当時、日本にはサイズの大きな生食用カンキツがなく、クネンボは大変もてはやされたそうです。実際、11代将軍家斉が当園の中島の御茶屋で召し上がった昼食にも、クネンボが使用されたという記録があります。
 また、8代将軍吉宗の時代、当園でベトナムから連れてこられた「象」を飼っていましたが、その象もこのクネンボを食べたと言われています。

参考: 「沖縄カンキツ・柑橘・かんきつデータベース」稲福さゆり氏の記述


旧芝離宮恩賜庭園

The imperial gardens in the former lawn (Shiba) detached palace
pillar
石柱
 この石柱は、小田原北条家に仕えた戦国武将の旧邸から運ばれた門柱です。
 ここが小田原藩(大久保家)の上屋敷であった当初、茶室に使われていたといわれています。
pillar
海水取入口跡
 「潮入りの池」に海水を取り入れるために、設けられた水路です。
 水路の石垣や鋼鉄製の水門の遺構が見られます。
 現在は海とのつながりを絶たれ、淡水の池になっています。 pillar
中島
 この島の石組みは、蓬莱山を表しています。
 蓬莱さんは、仙人が住み不老不死の地といわれる中国思想上の霊山のことです。 shiba
西湖の堤
 中国の浙江省杭州市に西湖という風光明媚な湖があります。
 この湖に北宋時代の詩人蘇東坡が築いた長堤を西湖堤と言います。
 この堤は西湖堤を模して造られたものです。
 当園のほか、小石川後楽園、広島の縮景園などにも見られます。
(2015年5月29日)

史跡 湯島聖堂

YUSHIMA SEIDO

孔子廟、神農廟と昌平坂学問所

SHRINE OF CONFUCIUS, SHRINE OF SHINNO AND THE SITE OF SHOHEIZAKA COLLEGE
  • 所在地 東京都文京区湯島一丁目4番25号
  • 敷地面積 13,915 m²
  • 国の史跡指定 大正11(1922)年3月8日
  • 所管 国有財産
    文化庁・東京都教育委員会・文京区教育委員会
  • 管理者 公益財団法人 斯文会(しぶんかい)

■ 湯島聖堂と孔子 孔子は、2500年ほど前、中国の魯の昌平郷(現山東省濟市曲阜)に生まれた人で、その教え「儒教」は東洋の人々に大きな影響を与えた。儒学に傾倒した徳川五代将軍綱吉は、元禄3年(1690)この地に「湯島聖堂」を創建、孔子を祀る「大成殿」や学舎を建て、自ら『論語』の講釈を行うなど学問を奨励した。

■ 昌平坂学問所跡 寛政9年(1797)幕府は学舎の敷地を拡げ、建物も改築して、孔子の生まれた地名をとって「昌平坂学問所」(昌坂黌ともいう)を開いた。
 学問所は、明治維新(1868年)に至るまでの70年間、官立の大学として江戸時代の文教センターの役割を果たした。
 学問所教官としては、柴野栗山、岡田寒泉、尾藤二洲、古賀精里、佐藤一齋、安積艮齋、鹽谷宕陰、安井息軒、芳野金陵らがおり、このうち佐藤一齋、安積艮齋らはこの地が終焉の地となっている。

■ 近代教育発祥の地 明治維新により聖堂は新政府の所管となり、明治4年(1871)に文部省が置かれたほか、国立博物館(現東京国立博物館・国立科学博物館)、師範学校(現筑波大学)、女子師範学校(現お茶の水女子大学)、初の図書館「書籍館(しょじゃくかん)」(現国立国会図書館)などが置かれ、近代教育発祥の地となった。

■ 現在の湯島聖堂 もとの聖堂は、4回の江戸大火に遭ってその都度再建を繰り返すも、大正12年(1923)関東大震災で焼失した。その後「假聖堂」を営み、昭和10年(1935)鉄筋コンクリート造で寛政の旧に依って再建され、今日に至っている。入徳門は宝永元年(1704)に建てられたものがそのまま残っており、貴重な文化財となっている。

Yushima トイレ 東京医科
歯科大学

昌平坂
学問所跡
丸の内線
御茶ノ水
西門 聖橋門 聖橋 JR千代田線
御茶ノ水
文京区
御茶ノ水公園
神農廟 明神門 トイレ 昌平坂 西廡
(西回廊)
大成殿 前庭 東廡
(東回廊)
水屋 入徳門 楷樹 休憩所 孔子銅像 講堂 斯文会館 事務局
売店
玄関 仲高門

正門・聖橋門・西門は毎日開門 (公開時間 午前9時30分-午後5時(冬は短縮)。大成殿の内部公開は、土・日・祝日
湯島聖堂

説 明 (元は旧字, 漢数字)

 寛永九年(1632)、尾張藩主徳川義直林道春(羅山)をして、上野忍ヶ丘に先聖殿を造営せしめに始まる。その回祿(火災)の災に罹るや、元禄三年(1690)、将軍綱吉之を今の地に移して、大成殿と稱せり。後、寛政十一年(1799)大成殿及び杏壇・入徳・仰高諸門を再建し、明治維新の際、大學を此地に置くに及び、一旦孔子以下の諸像を撤去せしも、後、舊に復せり。
 建造物は暫らく東京博物館の一部に充てたりしが、大正十二年(1923)九月一日、関東大震災の為、入徳門・水屋等を除くの外、悉く焼亡せしを昭和十年(1935)四月四日鐵筋混凝立構造に依りて原型に復せり。
 昭和十一年三月

文 部 省


特別史跡 特別名勝

小石川後楽園

Koishikawa Korakuen Gardens

Korakuen一つ松

Pine
一つ松 (2016.11.18)

 近江の琵琶湖を模した大泉水に対し、琵琶湖の唐崎の一つ松にちなんでいる。
水戸光圀ゆかりの得仁堂と木造「伯夷叔齊」
 小石川後楽園の造営を完成させた水戸藩二代藩主徳川光圀(1628-1700)は、得仁堂を創設し、泰伯・伯夷・叔齊像を安置しました。光圀が堂をつくり三像を祀ったことには、その徳を慕い、手本としていた光圀の強い思いが示されています。
 三像のうち、伯夷・叔齊像は現存しています。

Mito
得仁堂 (2016.11.18)

 「伯夷・叔齊」とは、中国古代・殷代の小国の王子兄弟の名前です。二人は、跡継ぎになることを互いに譲り合い、国を去ったといわれています。これに対し国民は、「聖の清なるもの」と誉め称えました。兄弟は善政を行っていると評判の文王を慕い周の国へ行きましたが、時の王は亡くなり、子の武王が継いでいました。武王が父の葬儀も済まないうちに殷の君主を征伐しようとすることを知り、父子の道、君臣の道に背くと諌めたが聞き入れられませんでした。そこで二人は、「周に仕えて俸禄を受けるのは恥」として山にこもり、ワラビで命をつないでいましたが、ついに餓死したといわれています。
 光圀は、6歳の時に兄をさしおいて世継ぎと定められ、苦しみ続けた自らの身の上と重ね、18歳で「伯夷・叔齊」の物語を読み非常に感銘を受けました。光圀は「仁を行い得た人たち」を祀る得仁堂を建立し、伯夷・叔齊の木造を納め参詣したと言われています。
得仁堂
 二代光圀が建てた園内で最古の建物で、光圀が感銘を受けた「伯夷叔斉」の木造を安置した。堂の名は論語の「仁を求めて仁を得たり」による。
八卦堂跡
 二代光圀七歳のとき、将軍家光に謁見したおり「文昌星」像を頂戴した。後に光圀は文学を好むようになり、文昌星を思い起こし八卦堂を造りその像を安置したという。なおこの堂は大正十二年の関東大震災で焼失した。
小町塚
 塚石が常陸の小野の産地であることから、光圀が戯れて小町塚と呼んだといわれる。
藤田東湖先生遺跡
木曽山
 もとは古木が空をおおって昼なお暗く、渓流に沿った様子が木曽路を偲ばせる。またシュロが多くあったことから棕櫚山ともいう。

(2016年11月18日)

地理 (Geography)


代表的なものであり、これが絶対ではない

地域

北海道
道北 (宗谷・留萌・上川)
道東 (北見・根室・釧路・十勝)
道央 (空知・石狩・後志・胆振・日高)
道南 (渡島・檜山)
東北
北東北 (青森・岩手・秋田)
南東北 (宮城・山形・福島)
関東
北関東 (茨城・栃木・群馬) 南関東 (埼玉・千葉・東京・神奈川)

(かなりな不統一)

中部
甲信越 (山梨・長野・新潟)
北陸 (富山・石川・福井)
東海 (静岡・愛知・岐阜・三重)
近畿
滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山
中国
山陰 (鳥取・島根)
山陽 (岡山・広島・山口)
四国
北四国 (香川・愛媛 南四国 (徳島・高知)
九州
北九州 (福岡・佐賀・長崎・熊本・大分)
南九州 (宮崎・鹿児島)
琉球 (沖縄)
Ranges

山地

奥羽山脈: 延長500 km + 火山帯 + 平野・盆地
日本アルプス = 飛騨山脈 + 木曾山脈 + 明石山脈

飛騨山脈(北アルプス): 剣岳・穂高岳・乗鞍岳 > 3000 m
木曾山脈(中央アルプス): 駒ヶ岳
明石山脈(南アルプス): 北岳・明石岳・塩見岳

紀伊山地: 最高峰 = 八剣山(1915 m)。太平洋岸式気候 → 林業(私有地化)
中国山地: 牧畜
四国山地・九州山地: 林業

平野

北海道
根釧台地: 火山灰・泥炭 + 夏霧 → 農業不適

1955 パイロットファーム(失敗)

東北
八郎潟: 干拓前は221.7 km²の湖

1967 入植開始 → 減反(転作・休耕)

Ranges

関東


Kanto

元池袋史跡公園

池袋の地名の由来
昔このあたりに多く池があり、池袋の地名は、その池から起こったとも伝えられている。池には清らかな水が湧き、溢れて川となった。この流れは何時の頃から弦巻川と呼ばれ、雑司が谷村の用水として利用された。
池は次第に埋まり、水も涸れて今はその形を留めていない。これは、昔を偲ぶよすがとして池を復元したものである。

東京都豊島区教育委員会
石碑寄贈 東京池袋ライオンズクラブ

恒久の平和を願って

- 豊島区空襲犠牲者哀悼の碑 -

Ikebukuro 昭和20年4月13日深夜から翌14日未明にかけて東京西北部を一帯を襲った空襲は、豊島区の大半を焦土と化し、甚大な被害と深い悲しみをもたらしました。
死者778人、負傷者2,523人、焼失家屋34,000戸にのぼる被害により罹災者の数は161,661人と、実に当時の人口の約7割に及びました。
この空襲によって無念のうちに尊い命を失った多くの犠牲者が、当時、「根津山」と呼ばれた、ここ南池袋公園の一角において埋葬されました。
先の戦争を通じて空襲の犠牲者となった豊島区民の冥福を祈るとともに、この悲惨な事実を永く後世に伝え、二度と再び戦争による悲劇を繰り返さぬように、この碑を建立します。

豊島区

平成7年8月

根津山の防空壕

昭和20年4月13日の空襲では、南池袋公園に隣接する、当時根津山と云った林の中に造られた巨大な防空壕に避難者が殺到した。

清水谷

紀尾井町を南北に貫いているこの公園前の通りは、中でも、公園を出て右に曲がった交差点の辺りは江戸時代から「清水谷」と呼ばれてきました。尾張屋板切絵図にも「シミズタニ」と記されています。
それは、周囲から清水が湧き出しており、通行人に喜ばれていたためといいます。
この清水谷公園の改修に際して、公園の名にちなんでここに湧水を復元しました。
平成十四年三月 建替

千代田区教育委員会 (2017年11月24日)

地盤沈下と地下水位をしらべています

  • 地面の下には地下水があります
  • くみすぎると地盤沈下が起こります
観測のしくみ

観測井戸
水位計 - うき - 沈下計
表層 - 粘土層 - 地下水位

地盤沈下は工場やビルなどでたくさんの地下水をくみあげるために起こります。
今は地下水のくみあげを制限したので、地盤沈下は少なくなっています。
これからも地盤の沈下が起こらないように見張っていきます。

東京都土木技術支援・人材育成センター
東京都江東区新砂1-9-15
TEL 03-5683-1530

(2017年11月24日、清水谷公園にて)


草分稲荷神社大神由来

この社は元、板倉主計頭邸内に祭られていましたが、明治維新の後、武家屋敷が取りはらわれて町家と変り祠のみが残っていました。
廃れゆく稲荷を惜しんだ町内の有志が蓄財を出し合い保存と祭社の策を講じていたもので昭和三十六年
佐久間公園東北隅に遷座されました。
現在も佐久間町三丁目町会を中心に連合町内にてお祭りを行っています。

御祭神 宇迦之御魂命

江戸開府400年 千代田区町名由来版 神田佐久間町三丁目
江戸時代、この界隈には町人地と武家の屋敷地とが混在していました。「佐久間町」の名前の由来は、佐久間平八という材木商が住んでいたことに由来するとされています。
江戸は火事の多い町として知られていますが、とくに享保年間(1716-1736)には、幾度となく大火に見舞われました。そのたびに町の一部に火除地や代地が設けられて南北に分断され、住民は移転を余儀なくされました。
大正十二年(1923)の関東大震災では、住民が一致団結して火事と闘いました。三十時間にもおよんだ命がけの消火活動のかいあって、佐久間町から和泉町にかけての一帯は奇跡的に延焼をまぬがれたのです。
この由来板が立っている佐久間公園は、ラジオ体操会発祥の地としても知られています。「国民保険体操のラジオ放送(のちのラジオ体操)」が開始されてまもなく、昭和五年(1930)に万世橋警察署の巡査が地域住民を集め、全国に先がけてこの公園で早起きラジオ体操会を始めました。これを記念して同公園には由来を記した碑が建立されています。
神田佐久間町は、江戸時代から続く由緒ある町名です。長い歴史に培われた強い連帯感で結ばれた住民たちは、力をあわせて町を守り抜いてきたのです。

佐久間町三丁目会 (2017年12月16日)


well

の井

Yanagi (Willow Tree) Well
東京都指定旧跡 1955年(昭和30年)3月28日指定
桜田濠の土手下にある井戸は傍らの柳の木にちなみ柳の井と名付けられました。江戸時代には旱魃の際にも枯れることのない名水として知られ、多くの通行人が利用したと言われています。
道を挟んだ国会前庭(かつての加藤清正邸・井伊掃部頭邸)には、やはり名水として知られた桜の井があります。

新潟


スキー場集中

湯沢地域

南魚沼郡湯沢町-清津川上流の,北西-南東方向の地域に分布する新第三系は、津川地域ににて酸性火山岩を多く含む。茅原ほか(1981)は下位から松川・白坂・清津・上野層に区分した。全て整合に重なる。松川・白坂・清津層は城内層群に対比される(柳沢ほか 1985)。また、万太郎山-平標山の山稜にも、流紋岩・デイサイト質の火砕岩が石英閃緑岩中のルーフペンダントとして分布する(赤松ほか 1967)。
松川層 変質した玄武岩からなり,黒色で硬質の泥岩・流紋岩質の凝灰岩を挟む。層厚450 m。
白坂層 下部が黒色で硬質の泥岩、上部が枕状溶岩を含む変質した玄武岩の溶岩からなる。層厚600 m以上。
清津層 デイサイト流紋岩質の凝灰岩・硬質の泥岩・砂岩と泥岩の互層からなる。泥岩中からニシン科・カサゴ科の魚化石が報告されている(堀川 1965)。層厚1,000 m以上。
上野層 下部が硬質の泥岩、上部がデイサイト質の軽石凝灰岩からなる。層厚960m。石英閃緑ひん岩によって貫入されている。

(吉村尚久・津川グリーンタフ団研究グループ)

北部フォッサマグナ地域

この地域を新潟油田地域・頚城-小谷地域・水内地域・北部フォッサマグナ西縁部・河東山地・内村-諏訪地域に区分してのぺる。
新潟油田地域 柏崎-銚子構造線と,新発田-小出構造線に挟まれる日本海側の地域である。便宜上ここでは、新発田-小出構造線の西側の櫛形山脈・村上周v辺地域も含めて述べる。主に泥質岩からなる中部 中新統が分布し、油田・ガス回が多い
頸城-小谷地域 姫川流域・小谷一笹ヶ峰地域・西頸城山地・関田山地・東頸城丘陵で,いわゆる難波山相とよばれる砂岩と泥岩のフリッシュ型互層からなる中部中新統が分布する。
水内地域 一部に鮮新統の火山岩がみられるが、主にに中部中新-鮮新統の礁岩・砂岩・泥岩が分布する。
北部フォッサマグナ西縁部 糸魚川-静岡構造線に沿った幅数 kmの地域で、大峰帯(小坂 1980)とその北方地域をあわせた地域である。東側は小谷-中山断層できられる。磯岩と安山岩-流紋岩質の火砕岩から なる鮮新-下部更新統が分布する。 河東山地・内村-諏訪地域 水内地域の南東側で、主に緑色に変質した安山岩・玄武岩質の火山岩類からなる下-中部中新統と、それを貫く第三紀花崗岩岩が分布する。
geology
図3.4 新潟油田地域の地質図 (小林 原図)

関西
生田川の自然ガイド
六甲山をつくっている二つの花こう岩
 六甲山は、この二つの花こう岩でできています。
 全体に黒い鉱物の多い花こう岩は、布引花こう岩。白っぽい長石、ガラスのような石英、はがれやすい黒雲母と鉛筆の芯のような黒い柱状の角閃石からできています。
 六甲花こう岩は角閃石が少なく、石英や長石、黒雲母のほかにピンク色のカリ長石の多いのが目立ちます。
 どちらも地下でマグマがゆっくり冷やされてできた深成岩です。

(神戸市 中央森林公園)

五本松かくれ滝 今日は流れていますか?


2019年3月16日

平成18年7月5日に、布引水源地の水道施設が国の重要文化財の指定を受けました。
みなさまに知っていただき、また、布引貯水池周辺のすばらしい自然環境に親しんでいただくため、布引五本松堰堤(ダム)が完成した当時にダムの放水路としてできた滝の愛称を募集し、平成19年6月に「五本松かくれ滝」を愛称に決定いたしました。
滝の周辺から昔から「五本松」と呼ばれており、ダムがオーバーフローした時だけ流れる滝であることからのネーミングです。なお、この滝は「放水路新道」、「浅見の滝(建設に携わった技師の名前)」と呼ばれていたこともあるようです。

神戸市水道局

[氷河・周氷河地形]

日本の氷河・周氷河地形


分布の地域的特徴

現成・完新世 → 大部分が山地森林限界以上 → 最終氷期 + それ以前 → 北海道-東北地方平地
山地に欠ける理由
  1. 氷河・急傾斜で形成しない
  2. 後侵食で消失
  3. 森林被覆・露頭なく未発見
北海道
現成・完新世周氷河現象、永久凍土は大雪山に集中(アイスウェッジポリゴン除く) ↔ 大雪山以外からの構造土報告少
十勝平野・根釧原野の現成・完新世構造土 = 大部分アースハンモック、河川沿沖積地・低位段丘に分布(一部のみ表現)
十勝三股周辺・北見山地山中1000 m以下 = 地中氷(永久凍土の1種)
道東・道北 = 最終氷期とそれ以前の周氷河現象(大部分は凍結撹乱構造で、化石アイスウェッジは道東のみ, 宗谷岬以外はソイルウェッジ?)。ソイルウェッジは多所で発見。化石大規模多角形構造土?は十勝平野や根釧原野の空中写真判読で認められるが現地未確認
十勝平野: 大規模クリオターベーション ? ピンゴ化石(可能性)
道南: 凍結撹乱構造余り分布せず、羊蹄山周辺で多く発見
東北
現成・完新世、最終氷期、より以前の周氷河現象は北上山地周辺集中
人為的荒廃地に発生した条線土や、牧草地のアースハンモック
低地火山灰層中の凍結撹乱構造は報告少
奥羽山脈、月山、朝日・飯豊等の森林限界をぬく山頂部 → 現成・完新世構造土(断片的・小面積)
→ 新たな化石周氷河現象発見可能性高
関東・中部
中部山岳森林限界以上は現在も完全な周氷河地域で現成・完新世構造土が広分布
関東平野周辺山地から最終氷期形成?岩塊流発見 → 山地でさらに岩塊流発見可能性 → 全てが周氷河作用と関連するかは疑問
近畿以西
現成・完新世構造土が紀伊山地から報告。大分県久住山・大船山に階状土とアースハンモックが化石
構造土(階状土と岩塊斜面)が中国山地山頂部から報告され、さらに発見される可能性高いが、斜面岩塊が周氷河起源かは検討必要。中国山地東部や九州の標高1000 m前後の場所から、礫オリエンテーションから周氷河性と判断される堆積物が報告されるが、周氷河作用強度未詳
フッター