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(2019年2月13日更新) [ 日本語 | English ]

イネ (Oyrza sativa L., rice)






有珠山 / サロベツ泥炭採掘跡
1986年, 2006年の有珠山火口原. ワタスゲ・エゾカンゾウ

Oryza L. (イネ)

Oryza sativa L. (イネ, 稲)

(2016年5月3日 旧島松駅)

北海道指定史跡 島松駅逓所跡

島松

昭和43年3月29日指定
所在地 札幌郡広島村 字島松1-2-18番地
指定理由及び説明
 駅逓は、交通不便の地に駅舎と人馬を備えて、宿泊と運送の便をはかるため設置されたが、その起源は松前藩時代にまでさかのぼり、明治以後は官営に切り替えられて道内百数十ヵ所におかれたが開拓の進むにつれて次第に廃止され、昭和二十三年をもって全く姿を消した。
 島松駅逓は、開拓使の初期の大工事であった明治六年の札幌本道の開通に伴って、始め胆振国千歳郡島松村(現恵庭町)に設置されたが、明治十七年に石狩国札幌郡月寒村字島松に在住の中山久蔵が駅逓取扱いを命じられ、同位置に近接する同家が駅逓所となった。
 中山久蔵は明治四年、この地方最初の移住者となり石狩水田の祖とうたわれた開拓功労者で、同家は明治十四年の天皇行幸に際して行在所となっている。
 北海道開拓を物語る記念物として、往時の駅逓の構造を残した建物に行在所にあてられた座敷が保存されており、附近の水田跡や蓮池とともに貴重な遺構である。

島松

一. 遺構及び建物を損しないこと
一. 許可なく現状を変更しないこと
一. 指定地内及び附近では火氣に注意すること

 前記の事項に違反したものは罰せられますのでご注意ください。 北海道教育委員会
広島村

昭和四三年八月一日 建設

北海道稲作の歴史

水田址と赤毛種見本田
 中山久蔵は、明治6年渡島地方の大野村から赤毛種の籾を取り寄せ、水稲栽培に成功し、後に石狩水田の祖といわれた。見本田の赤毛は、上川農業試験場に保存されていた種籾を広島町が受けつぎ栽培しています。

島松

寒地稲作と暖水路跡
 中山久蔵は、風呂の湯をくんで苗代をつくったり、島松川から引いた水をあたためてから水田に流すなどの工夫を重ね、寒地に適した米づくりの方法を研究し、稲作希望者には進んで栽培技術の指導にあたった。
駐蹕處の碑
 明治天皇は、明治14年北海道の開拓の状況をご覧になるため巡幸され、その折中山久蔵宅がお昼行在所にあてられた。この時天皇は、急増翁に親しく米作りの事などについておたずねになったという。(明治23年建)
索引
Barrels 奉献 清酒菰樽
明治神宮の御祭神明治天皇様は、明治の御代に我が国の様々な産業を奨励し技術の振興に御心を注がれ日本の興隆と近代化を成し遂げられました
また、我が国の国母と慕われた昭憲皇太后と共に両御祭神の広大無辺な御聖徳は国民ひとしく仰ぎ奉るところであります
ここに奉供されています菰樽は、ご縁を以て永年当神宮へ奉納を頂いております甲東会を始め、昭和三十八年に結成された明治神宮全国酒造敬神会会員、また全国各地の敬神の念厚き酒造家より献納されたものであります
ここに、ご奉献頂いた酒造各社に衷心より感謝申し上げますと共に、酒造家を始めとした我が国の伝統文化を担う諸産業が益々栄えますことをご祈念申し上げます。明治神宮
雑草イネ weedy rice
≈ 赤米 - 要するにイネ
  • 片山 平. 1977. イネ属植物の類縁関係. 遺伝 31(7): 11-18
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