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(2013年8月30日更新) [ 日本語 | English ]

教育番外 (out-size of education)






有珠山 / サロベツ泥炭採掘跡
1986年, 2006年の有珠山火口原. ワタスゲ・エゾカンゾウ

[教育原理, 教育史, 社会環境教育論]
[番外: 高等中学校・旧制高校における自治制に関する歴史的考察]

教育原理 (Principles of education)


中等教育: 高等/初等


2つの体系(分離体系の原理) vs 選抜(教育的段階の原理) vs 1つの体系(単一体系の原理)

日本の旧中等教育制度

近代教育制度の成立: 学制(1872)
近代教育制度の確立: 学校令(1886) - 初代文相 森 有礼 [勅令 - 教育の勅令主義]
中等教育令の改正・制定(1899)
中学校令改正(1899)

第1条 中学校男子ニ須要ナル高等普通教育ヲ為スヲ以テ目的トス → 単位型/複得型
中学校令(1943)

第1条 中等学校ハ皇国ノ道ニ則リテ高等普通教育又ハ実業教育ヲ施シ国民ノ練成ヲ以テ目的トス
第2条 中学校ニ於テハ男子ニ高等女学校ニ於テハ女子ニ高等普通教育ヲ施シ実業学校ニ於テハ実業教育ヲ施スモノトス
戦前の学校系統図
青年学校(1935) 正規の学校ではない。現在の大学・短大・専門学校と同じ位の年の人が通っていた。青年学校は実業補修学校(小学校卒業後、もう少し勉強したい者が通う)と青年訓練所(男子軍事教練の授業のために将校が配属された)が合併(1935)したもの。
戦後の中等教育改革
戦後教育改革: 戦後中等教育改革、戦後教育改革(1945-1947)、教育基本法・学校教育法制定(1947)

教育勅語体制の否定と憲法、教育基本法体制の創出

戦後教育体制の特徴

義務としての教育 ⇔ 権利としての教育
教育の勅令主義(議会を通さない) ⇔ 教育の法律主義
複線形の教育制度
教育の中央集権制: 私学制度 -学校を監督, 教科書制度-督学官
単線型教育制度と教育社会等に基づく拡充: 六三制

戦後中等教育改革

意味: 義務化の三年延長。初等教育だけでなく中等教育も国民には必要がある 中等教育 前期3年 = 新制中学校 → 義務化 + 後期3年: 新制高等学校 → 方向として希望者全入 国民学校令: 新制中学校 = 学校教育法 第35条

索引

新制高等学校

1948年4月発足
(目的) 学校教育法第41条
① 中学校の上に連続
② 心身発達に応じた教育(心理学的)
③ 高等普通教育及び(以前は又はであった)専門教育を施す
2元化を1元化する(両方の教育を施す)。しかし、職業高校の概念はまだ残っている
新しい型の中等学校
① 希望者は高校全員入学

1948.3 文部省通達「希望者は全入は望ましいが努力目標である」 大衆化(米国ハイスクールがモデル)
[カリキュラム上の問題]
選択制が問題となる = 選択制を大幅にする ? 必修と対等の選択が今の所無い 必修制
現在この必修制と選択制の兼合いが問題となっている

② 中等教育として職業教育を位置付ける: 中等教育と職業教育のカリキュラムの単一化
新しい型を伸ばして行くための具体的措置
総合制カリキュラム

→ 1つの学校が普通教育学科と専門学科を持つのではない。入学時に定められているのでもなく高校3年間に希望・進路から自由に選択する方式を持つ。しかし、
① 財政問題(様々な備品を備える必要)
② 産業構造変化に対応する教育
という2点から少なくなっている方法
→ 大幅な選択域を認めることが前提

教育の機会均等から学校は家に近い方が良い → 総合制学校なら無理をして遠くに行かなくても良い

小学区制: 3つの通学区域のうち小学区制を取るようになった
小学区制: 1つの通学区域に学校1校(現在京都だけ)
中学区制: 1つの通学区域に学校2-6校
大学区制: 1つの通学区域に学校7校以上
現在は中学区制を含む傾向が増す。当初は小学区制だったが段々変化している

中等教育課程


教育課程(1950-)

教育目的によって文化諸領域から選択・整理した教材区分と学習段階に応じたその配列であり、授業を始め指導の時間配当を含めた教育計画
現在法規上の教育課程
学校教育法施行規則: 文部省令として公示される

小学校・中学校・高校(「道徳」が抜ける)、特殊教育

学習指導容量の基準性を巡る問題(1958-)
基準性: どの程度法的拘束性を持つのか1958-1975に裁判で争われた
1) 学習指導要領は法的拘束力を持つ
2) 学習指導要領は指導助言文書(1947年試案として提出。米国 "course of study" に倣う。その後「試案」が取れた)
1) の根拠: 第25条54-2等

第20条、38条43, 73
監督庁(=文部大臣)が内容を定める ? 文部大臣が任され施行規則を行政立法として公示したから法的拘束力を持つ

2) の根拠: 第10条

文部大臣を始め教育行政は諸条件の整備確立を目指し内容充実を目差すものではない。大綱的基準を定めることはよいが。例: 編成領域、基準
1976- 学力テスト事件の最高裁判決(1976)に従う

教育課程の問題
① 2領域: 教科 + 教科外活動
② 学習指導要領の基準性の問題

小学校(総則)、中学校、高校
- 法的拘束力を持つか否か -
1958-75: 拘束力を持つ vs 指導助言文書である(教育法学会)
1976 学力テスト事件最高裁判決以降

内的事項に関してもある程度基準になりうることを示した
教育上の問題が残った-「大綱的基準」とは何か

・学校制度基準説-教科構成・単位数などを含む
制度上、色々定めて行くに従って教科の構成・単位数なども含む。最高裁判決では教科のある程度の内容まで及ぶというものであった。現在も大綱的基準の範囲が問題となっている

高校教育課程
学校教育法第41条: 出発当初の目的 - 方針が刻々変わる(大きく5回変化)

告示年度をもって指導要領の年度とする
学年進行 - 移行時に旧制度と並行する
教育課程の領域

1. 高校教育課程第一期(1948-1955)

1951年版 高校学習指導要領
大幅な選択性の保証を目的とした(必修科目を抑えて)
教科単位数が多い-大教科制
必修科目 → 選択制のため時間が変わるごとにクラスが変わる。このためHRクラスも設けた(課程学科を越えた交流を持たせる)

2. 第二期(1956-1962)

1955年版 高校学習指導要領
必修重視(選択の幅を狭める)
教育課程において「類型」の概念を出した
科目においてA, Bの区分分けをした(内容の量の違いを示したもので現在のAB区分と異なる)

第41条の批判が生まれてきた-政令改正諮問委員会「教育制度に関する答申(1951)」-6-3制は画一的で社会要請に応えず、柔軟に見直すべきであるという答申。職業教育を重視すべきとの意見もあり、これに伴いできたのが高専

高校に関する提案-「総合制」の見直し

3. 第三期(1963-1972)

1960年版 高校学習指導要領

「能力」(この年版で初めて登場。これまでは「個性」と呼んでいた) ? 適性に対応するため
A, Bを内容の難易で分けた
能力に応ずる教育にどう対処するかが求められた

今後の教育課程の基本的課題


= 国民的教養
① 内容
② 方法
教育の本質・目的・機能(教育とは何か、教育は何のために)

昔の教育観: 教育する者からされる者への一方的な流れ
→ 激動する社会に対応出来なくなって来た
教育には相互的な営みも必要であろう。又、横の繋がり(学ぶ者同志の)も必要であろう

日本の教育の現実

肯定的評価は少ない: 教育の普及率・学習内容の水準・学級教育の安定性・教育施設・機器の充実等
否定的評価は問題性を持つ

教育の荒廃・危機、低学力・学習内容(教科書等)、教育の物的条件
教育制度改革(中高一貫教育等)
健康・医療
非行、校内暴力(対教師・生徒間、器物破壊
) 発生率: 中学校 13.5%、高校 10.5% [関西・九州に多い(‘58 文部省)]
→ 問題生徒の措置: 懲戒(学校教育法第11条); 体罰禁止

退学・停学・訓告: 退学は義務教育にはない。停学は学校教育法法第26条で市町村教育委員の基で出席停止が出来る。その他、もぐりで自宅謹慎・家庭学習・学外研修等が校長により示されることもある

問題行動

生徒指導の範疇にある(3領域を含めて行うべき)
教育課程: 学習指導: 教科指導 + 生活指導: 教科外の活動
教育課程の領域について: 1947 教科 → 1951 教科と特別教育活動

特別教育活動: 児童・生徒の自発的で自活的な活動を通しての自主的な生活態度を養う

1958 各教科・道徳・特別教育活動・学校行事(4領域)
1968 各教科・道徳・特別活動(3領域)

特別活動: 望ましい集団活動を通してより良い生活態度を養う ex. 高校: 各教科・特別活動(2領域)
特別活動 = ホームルーム・クラブ活動・生徒会活動・学校行事
問題行動に対する文部省の考え方: 反社会的行動及び非社会的行動である

反社会的問題行動
非行(少年法第3条)

1. 犯罪行為(14-20歳未満)
2. 触法行為(14歳未満)
3. 虞犯行為
4. 不良行為

非社会的問題行動

原因: ① 幼児期の社会経験の不足
② 自己の要求水準
体罰において教育と調教は別である

問題行動に対する対策

1. 校内: 生徒指導体制の強化、一貫した指導
2. 教育内容: 方法の改善策
3. 生徒の実態把握
4. 家庭・地域・各種団体との連携
地域: 青年健全育成団体・補導・警察
専門機関のシステム化: 司法、社会福祉、医療

生徒指導に対する文部省の方針

1978: 学習指導要領改訂 → 1982: 実施
基本方針
a) 特色のある学校作り
b) 生徒の能力・適性に応じた教育
c) ゆとりある学校生活
d) 勤労・体験学習・徳育・体育の重視
1. 学業進路に関わる

① 各教科科目の適切な選択(援助)
② 学習意欲・態度の形成を援助
③ 進路

2. 人間関係に関わる

集団活動 = 生徒会活動・ホームルーム・学校行事等、友人関係、対教師、対家族

3. 青年期

青年期特有の発達課題-自己同一性の獲得

教育の基礎論


= 教育についての基礎的考察

人間とは何か

  1. 労働する存在
    直立することで手の独立使用が可能 → 物を作ることを通し自分自身を形成して行く = 「労働するから人間」 → 能力が関係する
    他の生物との労働の違い: 人間の労働は目的意識的労働(目的を心得ている)
  2. 社会的存在としての人間
    人は、人と人の間の関係、つまり社会的関係において存在 → 自分の労働の意義
  3. 精神的存在としての人間
    人間は生きていることを知っている(自覚性)。主体性(自分が自分に命令する意思の自由)がある
    知能・自己意識
    時空の意識 / 因果性 / 関係の意識
    → これらの意識は最初から存在するものではなく、人間は形成される存在である(形成的存在)

教育的存在としての人間

教育の必要性
① 文化と教育
② 発達と教育
生存に不可欠な生活情報

1) 遺伝情報
2) 学習情報: 経験的なもの
3) 文化情報: 社会的なもの

経験(ピアジュによる)

1. 物理的経験 → 実物教育
2. 論理的経験: 対象に対する働きかけ(操作)から得た知識
文化情報 A. ゲーレン「人間学の探究」: 人間は欠陥生物である-形態上頼りない(攻撃器官・保護器官の欠如等)。この欠陥領域を守るために文化領域を作る = 第二の自然
社会的行為: 生産の技術的諸手段 + 言語等 + 規則
社会的環境: ex. 言語習得には心的共通環境及び認識の共通性が必要 ⇒ 人間は社会的存在
→ 教育の必要性 → 感期の存在 → 個人は文化化・社会化していく

与えられた文化そのものの検討

遺伝情報の進化、文化情報の進化 → アンバランス

教育の可能性

1. 社会的要求
2. 学習の傾向
→ 教育は学習を意識的に方向付ける

教育史 (education history)


教育史を見ながら、具体的な制度・教育思想の変遷を知る
レイン: +(正)の確認 = 賞 ⇔ -(負)の確認 = 罰 ジュリー: 自分を確認されたい → 負の確認を与えられる → 狂人

何でも親の言う通り = いつも受動的 B.F. → 初めて反抗 → お前は気違いだと負の確認

二重の拘束
初期の学習 → 現在の行動に及ぶ
負の確認に従う → 非行
発達する = 内外の世界が広がる → 対処する力が必要
教育
= 社会化と個性化

方法
伝達(受動的): 探究的な方法も見つける + 共同的な方法も見つける

教育意識

ボナー: 従来文化を巡る研究状況中で動物・人間学習については進んでいるが、教授法はあまり進んでいない
学習行動が先: ものを教える(教授) - 後になってから文化が進むと自分による学習が進んで行き教授となる

教授の初期のもの → 例示

見習い: 模倣をその人の行動の基本にする(模倣+練習)
→ 生徒: 先生から一連の情報や司令を受け取る(伝達するという要素が強い)

教育: 心的共有を持つ → 教育の意識がどのように生まれて来たか。学校がどのように出来て来たか

教育意識の発生


原始社会 → 教え伝えるものがある程度蓄積され集団中で伝えていただろう
原始社会の教育の社会的機能: 人間の社会的な要素となるもの = (1) 教育 + (2) 訓練

生産に関わる技術・知識
社会的規範の内面化(を身に付け集団に適応して行く)

どういう教育活動が訓練として行われていたか
  1. 日常生活の中での訓練 → 非定型的: 労働・遊び → 模倣・練習 物語の中で伝える
  2. 臨時・一時的なもの → 定型的 ex. 儀式 大人・親の感情が、これらが親密に行われていく上での大前提
    大人・親が子供に対する感情 → 優しかったり、冷淡だったりする
    Ex. 古代オリエント「ギルガメッシュ叙事詩」: ヘブライズムやヘレニズム文化の原型が数多く見られる。人間は神に奉仕するため作られた。人間は死するべきもの。人間の仕事は食べること、饗宴。衣服を着るのは身体を清潔にするため
    これらの伝統的なものは今も未開社会で行われている。開発された社会の教育を取り入れる時、軋みが生じる所もあるが、これらは大切なものもたくさんある。例: 川田 モヒ族の集会
→ 習慣慣行の形で意識されることなく経済・宗教・政治的なものと未分化な形で教育が行われていた。他の慣習などに考えを巡らすことや社会的分業の進行により伝達の内容が複雑になり、教育の内容が様々に変わり各自にとっての教育内容の選択が起る
能力・人格についての考え方が発達してくる ex. 人格の範型 ? 物語によって英雄の形成を語る
個性観も出てくる
→ 教育を特別視するようになる → 教育意識の発達
吟遊詩人や親が語る = 叙事詩

→ このような中で教育意識が発達して如何に学校が生まれて来たのか

学校

文字体系成立と関連
国家成立が前提となる = 文化的なものの記録の必要性
オリエント: 神政政治 水の管理・耕地の開拓
王政の役割を補佐する神官と官僚が重要性を持つ → 書記
書記の役割
  1. 行政に関わる公的私的文書の作成、受領
  2. 財政に関わる公的私的文書の作成、受領
  3. 裁判に関わる公的私的文書の作成、受領

その他土木工事に関するもの。軍事に関する知識
占星術(暦に関するもの)。医学薬学に関するもの
詩(文学)に関するもの

バビロニアやエジプトの文字

楔形文字・絵文字: 数が多く難しい → 書記の文字の独占
専門的知識階級: 特権的社会階級の形成(世襲性)

バビロニア・古代オリエントの教育特性
書記養成
王侯や貴族の教育文献 → 見当たらない
民衆 → 伝達によるものであったろう

文字という学習をそれを屈指する訓練は計画的意図的に行われなくてはならない
富の蓄積 → 暇・場所・時間の確保
自覚された意識

→ 学校: 定型的であると同時に日常的 / 学校: 歴史的制度である
学校とは何か
歴史的に考察されねばならない(デュルケム)
変わらない側面とそうではない側面がある

意図的: 社会的必要に応じて
人間形成よりも政治的必要性によることもあるし、見習生(ex.商人養成)によることもある → 歴史的
文字を含めて伝達して行く
組織的・計画的

文献資料を含め学校が見られるのは(日本 山岸菊栄「武家の女性」参照)

古代教育


古代オリエント教育

最古: 西欧の学校(school)と比較 = 原形ギリシャ学校
現代との相違点・共通点 → 両方ある
書記養成が関与する (BC3000頃から記述が見られる)
教科書・教室・生徒の書いたノート・椅子 (BC2500頃には全てあるだろう)
ノート: バビロニアでは粘土版(素焼きの瓶が教室の隅にある)
椅子: ヨーロッパでは比較的新しい。それまでは座椅子

バビロニア: 粘土性長椅子 + 教師が自宅改築 + 助教がいた

伝統重んじる
個別教授(= 専門化): 地理・医学・数学・法則等の教授
→ 書記養成: 自分に必要な知識を獲得する-特定の知識の伝授(個別主義が原則)
→ 書記(という職人を)養成するという機能
有徳と有能について分けて考えられていた(融合が大切)
正しく書くことの重要さ、訳語
→ 学校形態も求めていた → カリキュラム様なものを持つ: 助教の役割
→ オリエントの学校は宗教的色合いが濃いと言われていた(神話等から)

⇔ 決して教育内容は限定されていない
それぞれの個性に応じ高度な実用的専門的知識が教えられていた


古代中国の教育

古代中国における学校とは (文献では殷頃から見られる)
殷代
学校の起源
1) 学: 旧字の冠は両手を表わす(共) ワは家屋を表わす
2) 庠: 厂は付属の家屋を表わす 羊(犠牲のもの)が付属の家屋の中にいる
3) 序: 機織りに関係する 广: 付設の家屋
→ 生産・宗教等と未分化な状態で教育が行われていたろう
→ 次第に軍事と関わるものになってくる
師: 丘の手前の旗 → 軍事の指揮者
軍事の方法占い 出陣時期などを学校のようなもので教える
周代
社会が落ち着く 封建支配 以下旧字として見る
1) 学 + 教(仮説) 教: 装置に子供 → 農耕

鞭を差す-仕事を鞭でやらせる
習う、象る

2) 学の中で教育を受ける子が国子の子弟(♂)に限られた
3) 学の中で教えられるのが主として文字 → 識字・礼儀作法等を教え始める ⇔ 古代オリエントでも鞭を使った

皇子や貴族の子を鞭で打つべきでない-卑屈になる
特にルネッサンス以降

校: 木+交: 木で柵を作る
周代ではまだ学校の概念は出来ていない(cf. 郷校)

どのような機関があったか → 「礼記」によると学期篇

家塾 = 民間, 庠 = とう里, 序 = 国(周): これらは地方教育機関
国学 = 中央

1, 3, 5, 7年目に一応区切りはある。1-7: 小成, 9, 10年 大学: 大成
教育課程にこのようなものがあったと考えられている

「大学」修身斉家治国平天下が教育目標のようなもの
礼・射・御・諸・数・楽 等

春秋時代
諸子百家
孔子「人間形成に関わる教育をどのように考えていたか」

修身治国: 教育というものによって人間が作られる → 教育の可能性を重視
立志: 志をたて仁(慈愛がベース)により徳により六芸を修める
仁徳
六芸
→ 総合的に人間形成を考えていた
知識の獲得
体で覚える(礼とか)
詩経: 精神的なもの
書: 知識
易: 思考
春秋: 表現力
→ 君子養成: 王に仕える-政治・軍事に携わる = 文徳ある武人を養成

孟子 五倫

父子-親/朋友-信/君臣-義/長幼-序/夫婦-別: これらを育てていくのが教育
教育方法
1. 感化: あるものを示して強制でなく感化を与える
2. 啓発: 学ぶ側に学びを求める心(探究心)を与える
内的動機、自発性、探究心、動機を重視
3. 経験 - 重視された
4. 実事求是: 実際の事実に即する(古代以来続いている方法)


古代ギリシアの教育 (ベルナン)

自由教育 例: アテネ
様々な概念規定がある 例: 日本近代: 子供の自立性の重視。国家主義的教育との対立概念。画一的教育に対する個別の学習。強制的教育に対する対立概念

↓ オリエントの教育に対比 ⇔ 教育とは何か 具体的に教育を考えていた(Greek) → 人間形成

古代ギリシアの複雑な性格
J.P.ベルナン: 色々なレベル・要素がある。ギリシア世界は連帯と排除の関係

主体: 個人のカテゴリー ⇔ 普通の教方はポリスの中で個人を重視していない
部分: 先端につけられた葉
虚弱な意思 ⇔ 超越的な意思(運命) → 個人の中に両方ある → 行為が出てくる

悲劇に準えて説明
オディプスの例 → 存在の二重性
1. 知力に優れる(知る人) → 意思
2. 大きな罪を侵した犯罪人 → 父殺し・近親相姦
二つの意思の葛藤の内に人間の生を求める → 自由の選択になる
自由の考えが古代ギリシアにおいてポリスとの関りで生じる
市民 → 全 / 非市民 → 無 = 社会的範囲の限定の中での自由
自由: 奴隷制の観念-ギリシア人の考え方(ソフィスト・ストア派)

古代ギリシアの教育
前段階 (古典期の教育)
ミュケナ文明(貢納王政): 専門的書記いない → 役人が仕事をし記録 (文書: 何らかの教育的機関あったらしい)
ホメロスの時代

ベニキア表音文字(アルファベット)が使われる → 詩・文学・記録の誕生
叙事詩の世界が始まる。ホメロス: イリアス・オデッセイア
吟遊詩人が唄って聞かせる → 教室的役割
イリアス-トロイ側の英雄 vs ギリシア側の英雄(アチレウス)
その当時の社会が決めていた理想的人間 → 戦士
• 教育 = 戦士養成
• オデッセイア-策略家・頭脳性の重視 = ポリスにおける人間形成の理想形
• 教育 → 生産技術・知識・道徳訓-伝達出来るもの=術として理解
登場人物をモデルにしながら人格形成
教育 = 人間形成 よく生きる・学ぶ喜び
理想型-善美 徳(アレテー) 卓越性(思維・性格の徳)
意識的教育活動: 貴族 = 伝統を持つ習俗 → 叙事詩の中に反映
• 個人的教育 感化-範型(パラティグマ)による教育

古典期
貴族制 → 民主制
↓ 教育 = 戦士養成・個人教育
↓ 学校

BC 6 c末: ギリシア全都市に学校が普及。貴族的 → 大衆的
BC 5 c末: ソフィスト登場

スパルタの教育
= ポリスへの忠誠心(国制の特殊性) = 先住民族を征服し国家を建設
市民軍隊 → 王-長老会-監督役
ペリオイコイ軍役
ヘイワータイ → 市民

常にペリオイコイ・ヘイロータイを監視・支配

隷属農
教育原理: 徹底した国家主義、(軍)集団主義 → 厳しい育て方-教育 = 訓練
男子教育: 等質的市民団成員・克己的訓練

___6-7歳から___________12-14歳__20-30歳__30歳-
内容_集団生活(自治的生活)_寄宿生活_軍隊生活_共同食事団体

スパルタの教育

軍事的訓練 読み書き 音楽 教育監督官 命令-服従 教化 罰・答 反覆練習: 模範と模倣 非常に厳しい訓練 → 動きの少ない伝統ある場なら適している 数々の戦争 → 社会変動が激しい → 彼等が対応して行くことが困難化

アテネの教育 社会的変化
植民地がBC 8 c頃から出来はじめる
人口増大 + ペルシャや他のポリスとの戦争
貴族層没落 → 商工業を中心とした市民層の台頭
BC6C末: クレイステネスの改革 → アテネ市民が政治的権利を平等に持つ

_____評議会
_______↑ 50人づつ
軍院民会民衆・法廷 - 30歳以上
_______↑ 18歳以上
_____区(10区)
市民で構成 + その他在留外人
奴隷 → 色々なものに分類され層をなす ex. 鉱山奴隷や公共奴隷等(スバルタと異なる)

教育への影響
民主政治の担い手
奴隷制の発展 アテネ市民が奴隷に頼る

従来あった彼等の精神に変化起る(ソクラテスの頃は手の業を重視)
肉体労働・精神労働に分け考える___
[プラトン・アリストテレスの頃は手の業は精神的なものと関りない]

学習の目的が変わる
学ぶ 実用的な目的 < 一般教養

自由人に相応しい教育(自由教育)
専制教育 < 全人教育 職業と教養

教育の対比: 国家主義的 ⇔ 私的教育, 強制教育 ⇔ 自由教育, 集団教育 ⇔ 個人教育
アテネの場合: スパルタのような緊張感が少ない。商工業が発達

ヘラクレイトス: スパルタ → 全てを教えない
アテネ → 全てを教える(全ての恐ろしさも知る)。たじろがない

アテネ 命名式 男女の差別: 男 = 外, 女 = 内
プラトリア(絶縁集団)の入社式: アパテューリア祭(子供の日) → プラトリアに入る資格があるか
女子の場合: 学校へ行かなかっただろう
男子の場合

6, 7歳までに学校に行った
教育係(パイダゴーゴス) 奴隷 → 教育的な面だけ → paideia(教育学)
学校教師: 専門的知識を授ける

音楽教師 - 情操の面
体育教師 - 道徳的な面(スパルタもアテネも力を持つ)
軍に知識を教えるのみならず躾・道徳的なことも教える
人間形成
個人教授 五輪競技・競技大会

どこで行われたか = 公共施設: 競技場(スタディオン)、練習場(ギムナシオン)、体育場(パライストラ)
様々な年齢
国語: 初めは軽視される

初頭 → 自分の家に集める、街角で教える
読み・書き・計算 授業料を取る - メソポタミアの学校の流れを組む
読み・文章・朗読・暗記・朗誦 - 近代以降重視されていない (竹内 1989)

14-16歳 ギムナシオンに通う
18-20歳 青年(エペーホス)対象の青年訓練所(国家の設置: アテネに唯一)

軍事訓練 身体訓練
市内パトロール 乗馬
学問 - 文学・哲学・政治学・自然科学・弁論術・数学・天文学等
初頭学校は分立して個人経営となっていたが、それにどのように通っていたかは不明

ソフィスト: 「徳」はソフィスト達が教えることが可能 - 後天的に獲得される
プロタゴラス: 神が人間を作った時理性は与えたが共同体の運営の能力は与えられなかった
「アイドス」つつしみ、畏敬、恥じを知る心等、他者から与えられるもの → 後から(後天的に)与えられるもの
→ 教育・訓練による
ギリシアの伝統を継承していくのだろう
「徳」の内容: 勇気に意味合いを置く(原始的社会) → 卓越性 → 正義

ホメロスの時代に既にこの観念を重視する状態にあった
「メノン」 男の徳 = 友を利して的を害するためにたけた能力。女の徳 = 男に仕え家を守る能力

年齢に応じた徳、身分に応じた徳がある

ソクラテス: 徳を性・年齢・身分で分けるべきでない
人間性に基づいた徳でなければならない
共同的なものが大切(ポリス社会崩壊の中で)
人間としての徳 → 善についての知恵(善悪) → 自己の内部にあるロゴスで行為として出てくる
自発的道徳・普遍的道徳 与えるのではなく自己の内部より引き出す → 問合法
プラトン: 国家による教育「国家」「法律」
如何にして国家の政治を担う者を養成すべきか → 教育について: 教育用の教科書を作るべき
初等教育 = 万民就学 < 予備門 < 上級コース
選択の基準 = 能力

幾何・算術・天文・音楽+自然科学[哲学に至る前段階の一般教養]
哲学(弁論) 実践
アカディミア BC387-8 アテナイ郊外プラトン初めての教育の場

初等: 教育施設有
高等: 教育施設無 → アカディミアに施設としての場ができる
イソクラテス・エピクロス等も中高等教育機関設置を考える
図書や教材器具の設置 → 大きな意味
文化史的にも大きな意義 今日の文献も図書館保存による

アカディミアの性格

複合的性格: 書物の保存+文化センター的+大学+ … +等
対話による知識の獲得 観察の記録講義討論等
• プラトンによる対話の重視 → ソクラテス継承

書物より生きた言葉を重視 - 現実には文字も重視 cf. イソクラテス - 伝授の重視

• 学問の自由の重視 当時の高等教育は学問の自由を軽視した

Ex. イソクラテス: 弁論術の重視、学理を教える。ピタゴラス: 弟子に 秘伝の形で伝えて行く
(アリストテレスのデュケイオンも)一定の学問を修得している者には全て門を開く
貧富・身分・性差などは重視しない-能力重視
高等教育を女子も授ける(ユートピア的) 日本では戦後
政治思想 - 哲学思想などどのようなものを持っていても受容される<真なるものの探究> - 思想の自由

その後のギリシア教育の行方
ポリスの崩壊 → マケドニアのアレキサンドル大王 <ヘレニズム期教育>
地域的教育 → 普遍的(ポリスの枠が壊される)
ギリシアの教育 → ローマ(従来の受け取り方)
マレーによると古代教育において完成されたものはヘレニズム期教育

ヘレニズム教育

民俗的identityを持って広がって行く(by エリプソン)
文化的にはギリシア人は統一性を有していたいという願望があった
地域的に離れていても同じ教育を持たせる → 学校へ通うことの重視 → 就学率高まる
→ 初等教育だけでは足りない → 中等教育の重視 統一された言葉
中等教育: ギュムナシオンで(国家レベル)行われるが足りない → 私的学校の発達 青年訓練(従来18-20歳位)-戦士となるため
→ ヘレニズム期: 軍事教育の必要がなくなる
→ 日常必要な知識・社会生活に必要なもの
→ 文学教育 + 科学教育(幾何・算数・天文学・音楽などの一般原理) + 体育 = 即ち一般教養
高等教育(一般の人々は初中等まで) 極小数の人(ジルボーグ)
• 高等な一般教養
• 学者による専門的教育
• ムセイオン(博物館 + 図書館 + 植物館 + 高等教育等): アレキサンドリア、ガパドキア等にできる
• 哲学・弁論術

哲学: 一般の人達を対象としたものと専門的なものの2種 / 弁論術: 伝授、レトリック、暗示

公開講義
専門研究 古典的テキスト、自分の学説の紹介

ローマの教育 (A.グウイン)

初期: ギリシア(家庭教育がルーズ)とはかなり異なる

家庭教育の重視
家長権、生殺権、子殺し
7歳になると父が育てる: 家政 = 職業的知識、文字 = 公的生活等(実例で教える)
女子の地位かなり高い = 家庭内の母の権威: 0-6歳は母親が育てる cf. ギリシアでは乳母が子供を育てる
→ 教育に関する親が手に負えない知識 → 外へ出す → 見習修

中期(共和政後期) BC3c中: ヘレニズムの教育がローマに導入される
後期(帝政期): 中等教育以上が大きく変化 → 学校体系確立 ギリシア: 中等教育、一般教養の重視

徳-創造性(全体性) / 一般人が必要とする諸知識 / 単位

ローマ: 一般教養の重視

キケロ(中-後期) パイディアの概念をローマに取り入れる
→ フマニタスhumanitus: 言葉を良く知っていること = 弁論術 → 修辞学
人間として必要な教養 → ギリシア一般教養に人間的なものを取り入れる。Ex. 礼儀、共感、優しさ等

人間尊厳、人間的共感 → 現代知識: 外的世界の拡大-自分や他者の手段となる

何のための手段となるか(手段選択の主体)
知識が単なる自己の蓄積と違う → 学習方法

社会的結合-連帯性の形成
ローマで保持された学習形態が保持されて行く

クインティアヌス 皇帝から勅任を受けた勅任教授

競争システムの導入
テキスト研究
体罰の反省 → 賞賛 (初等教育における教師の質ヘの反省)
教育に功利を求める-帝国において必要な人物
何らかの形で国家が教育に関わろうとする → 私立以外に都市立の学校が生まれてくる


まとめ ローマ・ギリシア

古代教育: メソポタミア・エジプトの対比
  1. 初期養成: 特定の特権階級 → 職業人養成
    メソポタミア・エジプト: 閉鎖性 ⇔ ローマ・ギリシア 解放性(限界は奴隷制)
  2. 私的教育が一般的: スパルタ・ギリシア・ローマ末期など幾つかの例外を除く
  3. 学校体系(教育体系): 初等・中等・高等教育の3段階に分ける
  1. 国語学校・音楽学校・文法学校・修辞学校など1つの場所で初等教育のときから1人の教師が1つの教科に関して専科制を持つ
    cf. 現在の日本の小学校: 1人の教師で色々な教科を教える

    現在の日本の中学校: 1人は1科目だが場所は1つで内容は多い

  2. 教育活動・方法
    規則主義・形式主義: 知識を修得する方法に変わらぬものがある → 中世に引き継がれる 範型(ギリシアの場合 = 教訓) Ex. 反復、練習、記憶 → 体罰(鞭による教育)

    体罰だけでは耐えられない → 人格の関与、師弟関係

    書物(テキスト)の利用

西欧中世の教育


古代

= 分散的教育(専科性) → 中世=集中的教育(→ 現代へ)

中世教育の特徴: キリスト教教育(神のもとの人間) → 言葉の重視→文法・論理学

中世社会の特徴

土地(荘園・村落共同体)を中心とした農業中心の社会
商業活動はほそぼそと続いている → 中期発展
古代に比べてつつましい人々の生活 → 現世よりも来世(キリスト教への傾倒) ⇒ 経済社会
政治・社会的
封建性: 土地を媒介にして保護する者とされる者(主従関係)
身分制社会 → 教育に与えた影響大 → 特に聖職層
宗教: ローマカトリック教会 → 聖俗二元主義 → 教育に与えた影響大
文化的
ラテン語を共通語とする中世社会の成立(ラテン的要素) + キリスト教文化 → 教育
学校: 身分制に分立した体系(→ 結構流動性が激しい)
中世社会の特徴
学校: 身分制に分立した体系(→ 結構流動性が激しい)
前期 __ 教会・修道院付属体系(聖職者養成) 実際は様々な身分の者がなれる(open)

領主を対象にしたもの → 宮廷で必要なこと: 騎士養成

後期 __ 教会学校 → 大学(聖職者養成のみではない)

都市住民層の教育機関が出来てくる
領主層を対象としたものはすたれてくる

宗教と教育の関係

古代においては基本的には宗教と教育は無関係
中世に入ると教会が学校を組織するようになる(教会と学校の結び付き)
cf. 近代公教育の諸原則 = 教育の自由-政治的・宗教的中立性

(中世教会・学校関係の反省から生まれた)

教会が教育監督権を持つ
キリスト教的な人間像を目差して努力する

古代文化遺産の継承: キリスト教と照らし合わせ相反しないものを取り入れる
  1. 古代ギリシア・ローマの文化遺産
  2. ゲルマン世界の文化遺産
  3. キリスト教世界の文化遺産(ヘレニズム文化吸収により世界的な位置を占める)

これら3つの潮流を吸収した

初期中世

カール大帝の前のメロビン朝の国家組織 - ローマ的要素を残している。都市学校から人材を登用する
カロリング朝: 宗教学校からカロリング朝に登用する アルフィン

教区学校: 聖職者養成(職業学校) - 初等教育機関ではない

典礼 - 司祭が1人1つの学校を持っていないといけなかった

付属学校: 司教座聖堂に付属して学校が作られる
→ 自由学校-信ずるために理解せよ←アウグスチヌスは実際に学校建設
学科 7科に整理(cf. ローマ時代は5, 7, 9科のように様々)
三科: 論理学・修辞学・文法(人間に関する学科)

1) 論理学: 異端に対する闘う道具, 2) 修辞学: 説教の方法, 3) 文法: 聖書・聖典に欠かせない道具(ドナトウス・グリスキアヌス)

四科: 幾何・算術・天文学・音楽(事物・自然に関する学科)

1) 幾何, 2) 算術(= 暦), 3) 天文学(= 占星術, 時間測定・吉凶占い), 4) 音楽: 聖歌隊使用がベース

エリートは7科の他に神学を習う

僧会学校: エリート聖職者養成
修道院付属学校: 共同生活(アイルランドに残る)

ベネディクトウス: モンテ・カシーノ修道院を作った。会則設定-定住の義務・家族
→ ヨーロッパ修道院の特徴: ヨーロッパ活動重視

職務: 1) 労働、2) 瞑想・祈り・聖書を読む・聖歌・読書、3) 文献保存・写本・学術研究、4) 学校設立(修道院内に奴隷によって以上の職務がスムーズにできた) → 学校: 院内学校・院外学校、5) 伝道、6) 世俗世界の人材養成

後期中世

都市住民層の教育
聖職者養成の変化 - 大学・学寮(中等教育)の誕生

中世都市誕生
商業・商業活動の復活: 治安状態が不安定状態unstable stateから次第に安定状態化stable state
→ 行商人が動き易い + 十字軍の活動 → 人口増加

農村の変化 → 市(いち)の成立 + 手工業

→ 商業都市: 教会・領主の周辺、川の縁等に発達

自治権を獲得: 完全自治都市 - ハンザ、一部自治都市 (国王より認められた)

教育内容変化 = 世俗的 Ex. 普段の自分達の使っている言葉

文章主義(13 c) ラテン語 → 俗用語、商業用算数
外国の言葉、地理等

社会も変動: 大きな動き → 彼岸の世界だけでなく自分達の世界に目を向ける

外からの文化的ショック-十字軍・外からの商業活動

主としてビザンツ・イスラム文化の受容 = 広い世界を知り異教の人々の考え方を知る
ギリシア語・アラビア語で書かれる ? 翻訳活動(スペイン翻訳者養成学校があった)
その当時アリストテレス、プトレマイオス、ユークリッド、ヒポクラテス等の研究成果が入ってくる。更にアラビア数学、博物学等の文献の翻訳
→ 当時の人々の精神活動に影響
封建制と国王制、農村の変化、都市の住民層、領主層の上下関係

都市住民層の教育


イタリア

古代ローマの教育形式 (ビフラーン、清水)
初歩的読み書き学校: 計算 - 修辞・文法 - 法律 - 商業 - 医学 等
教会学校と併存の形で栄えて行く
書記

西部北部ヨーロッパ (フランス等)

古代的学校の遺産の継承性は不明 例: 教会学校形式を受け継いでいるか? 世俗教育(目的が異なる)
12-13 cになると読み書き、計算、書記養成等の学校が出来たと思われる

都市住民層の分化 - 教育にも区別

富裕階級: 文化的にもエリートになろうとする → 自由人としての教養 → 労働から離れた教養

元老院学校 → ラテン語学校

下層階級: 読み方学校、書き方学校

F.アリエス「<子供>の誕生」みすず書房

17 cまでは(現在我々が考えるような)初等学校はなかったと思われる

小さい学校: 16-17 cにかけて表れたと思われる

14 c: (ラテン語学校): ブルジョア上層学校というより実用面が強かった

学校は小規模(教師1-2人)-1人で様々なことを教授。祈り・計算・基礎的文法等

16-17 c: ラテン語学校が小さな学校に吸収されて行く

小さい学校の起源 1. ラテン語学校: 読み方(文芸・聖書等)・文法, 2. 家庭教育: 礼儀・作法, 3. 職人教育: 書き方(書記として)、印刷術

職人教育: 同業組合で行われた

相互扶助
教育: 従業教育(徒弟に入る時に試験) → [試験] → 職人: 作品を作る、巡歴 → [試験] → 親方

実際の教育 - 生産活動を通じて行われる: 知育、技能訓練、モラル、訓育(生産活動と教育の結合)
17 c: 子供を対象(年齢別): それまでは年齢・男女・貴賎を問わなかった
18 c: 階層別

上層 - 学寮に / 下層 - 小さな学校(慈善学校、私塾)
開放性 → 閉鎖性: 寄宿制、長期間学習

世俗の学校

1. 授業料をとる通学制, 2. 教育権 → 教会当局, 3. 実用主義, 4. 施設: 教育への補助金、教師の採用-給料, 4’. 公教育の原型: 自主的・世俗的・公開的・公共的

大学の誕生: 教師

信仰の強化のため
自然・言語・哲学等の関する教育が必ずしも信仰と一致するとは限らない
これらの中で例えば普遍論争などが起ってくる

普遍論争

ロベール: 教会やパリで資格を持たずに教師をやる

教育の方法: 相異なる命題を照らし合わせてどちらが論理的に正しいか論じた
論理学: それまで過失に応じて罰金を払わせる
彼は意図の重視をした → 子供の道徳観
↓ cf. ピアジェ: 手伝いの途中にたくさんのコップを割る vs 触ってはいけないコップを1個割る
実在論: 普遍的概念がある-普遍的人間(個性・個人差について注意が払われない)-教育面
唯物論: 個別にある共通なものから一般概念を導き出す

トマスアクイナス

子供に対して肯定的でないというそれまでの考えに対して彼は潜在的に子供が持っている肯定的な能力を引き出すことが教育の役割と考えた → 一般概念を教えて行く
感覚的・経験的に教えるのではなく、言葉や書物を使って教える
→ 書物主義(当時の考え方に合致)

シャルトル(修道院): 自然研究 / 古代研究

→ 経験的にものを知ることの重視(当時としては珍しい発想)、自然・技芸

ロジャーベーコン: 実験・観察の採用
ウイリアム=オッカム: 理性と信仰を分けて考える
→ これらの動きの中で大学が生まれてくる

大学誕生


本来、全人が学という意味合い(= 世俗的に学ぶ)。古代アルカメディアとも近代collegeとも違う中世独特のもの

何故生まれたか(大学の誕生を準備するもの)

  1. 精神的高揚
  2. ラテン語の広まり
  3. 共同体(団体)の組織の仕方の変化
  4. 学校組織が確立してくる → 人間形成
  5. 教皇
    高度な知識を認めていった = 教会に必要な人材養成
    王権 → 官僚に適する人材確保
    都市権力 → 都市の建設に知識が欠かせない
    地方教会
    → 権力の多面性: それぞれが知識を求めていた

成立過程

ポローニャ大学(イタリア): 世界最古: 公証人学校

様々な地方から人(教師も学生も)を呼ぶ
ボローニャ 12 cに自由都市となる - 外国人も市民権を得ようとする
団体を作り都市と交渉(13 c認可) / 特に学生 - 同郷会(natio)
組合として大学が出来る

パリ大学

あちこちの教会付属の学校に多くの外国人が集まり教会に収容しきれなくなる。その結果、教会の回りに許可を与えて学校を開く(教授免許権)-この権利を巡って対決

裁判権: 国王から教会 → 教皇
1231: 大学自治特権 = 学生は軍からも税金からも免除される等

これら自然発生的大学のほかに、教皇や皇帝が意図的に大学を創設することもあり大学は増えていった

大学組織: 学部

Case. パリ大
自由学芸部: 必ずこれを経過しないと次に行けない

文法・修辞・論理・数学・幾何・音楽・自然科学等 → 法学部・医学部・神学部

同郷会
資格・称号(古代には見られなかった)
試験制度の整備 → フランスのバカロレアはこのころ出来る: 受かると親方候補となる

学士になる資格得る(教会の任命権のなごり)
マギステル: 親方 → 教師(始業式で講義か討論をする)
教授免許状
討論裁定 入学式
試験 = 口頭試問、論議、討論

中世の学校: 1) 段階性のあるプログラムがない。2) 難易度バラバラ(個人の必要性に応じて)。3) 異年齢集団(個人の必要性に応じて)。4) 学年(+ 学級)なし

→ ところが14世紀に入って試験が整備されてくると基準が出来てくる
例: 文法学・論理学のどこまでかを理解していないと試験にパスしない → プログラム化

年齢別 → 学寮
学級なしから → 進度(課程主義) → 年齢主義

管理: 学頭 - 民主的(下からの選挙)

財産 - 対外との交渉
大学自治(市民的自由)・特権・養護
真理の探究・学習権の保障、責任
参事会

但し近代大学自治のような学問の自由ということではない
研究の自由・発表の自由・教授の自由などは近代の産物

Case. 近世
= ルネッサンスと宗教改革のころの教育 - 近代との接点
大学-論議と討論中心
15-16c: 王権強化-大学の自治を取り上げようとする働き
16c: 大学の規則を国が作る(大学は国王の娘)

従来にない強固な学校組織を持つ。大学は国際的・社会的多様性あり。世俗的要素と聖的要素混在

近世の大きな動き

明確な教育組織を持って教育。専門学校も増える(王権強化のため)
→ 市民革命の後もこれらが高等教育に残る → 近代の技術革新の下地となる
寮: 自分達で生活の規則を作る-破ると罰金・放校等
デュルケムはこの寮の自治権を高く評価

自由の雰囲気があり、抑圧的なものはない
寮にいると: 寮にいる教師との共同勉強 図書管理用
年少者の保護
→ 年少者には教師が寮に教えに来ていついてしまう (24時間のプログラム化)
→ 普通の学生も寮で講義を聞くようになる
→ 通学上の利益・勉学上の利益・道徳上の利益
但し一般市民から見ると学生はだらしなく見えた

15-16c: 自治性が壊れて行く

厳しい規律が作られる = 体罰の導入(ルネッサンス教育批判の対象)
近世にはこの他に競争制度も導入される
ルネッサンスには近代の教育の出発点になる点が多く見られる
・1人1人の個性重視
・子供の興味に沿った学習(経験・直感重視)-Thomasは経験より理論が先と言ったがそれと逆
・職業人養成よりも人間形成
・全人就学 = 公教育必要
・強制就学必要(王権のため)

近世教育に対する激しい批判という形で近世教育が生まれた(近世教育の特徴)
→ 様々な教育論が生まれる

学級組織変革に熱心だったのがプロテスタント(後カトリックも取組)
ルネッサンス・宗教改革: 2つの大きな変化の要因
都市の発展 = 富裕階級を作る: 修飾的教養 + 金を貯めるのに奔走-現実的学問 → 都市の運営が市民1人1人の肩に掛かってくる
諸能力が問題視される: 最高度に発展されることが重要。教育によって徳(virtue)が獲得される
人間は自然の一部という考え方が一般に広まる
→ 年齢段階固有の傾向がある
個性・個別性: 好ましい傾向(伸長)とそうでないのがある(早期矯正) → 個別の教授も重要
しかし、競争が大事という意識があるので集団教育の方が重視された
エラスムス: 人間は最初から人間なのではなく人間は人間に成って行く

↓ しかし!
どのような教育が良質なのか: 教育論の発生 - 当時暗中模索
s 古代の教育制度を踏まえ将来をみつめていこうという姿勢 → 古代の人文主義教養

教育論


1) イタリア

ここがスタートの地であり内容的にも高度 ベルジュリーオ
グリアーノ・ベローナ → 教育実践を行った
ビットリーノ・タ・クエトル

ベローナ市には教育学校(寄宿学校)を作った → 北部・西部ヨーロッパに広がる
↓ 共同生活兄弟団: 10人1グループ、同一年齢集団 シュルトムのギムナジウム
↑ 対抗
イエズス会の学院: しかし実際の中身はギムナジウムを手本とする。王立、都市立がある
→ "楽しい学校"というものを作った

子供の個別性・年齢段階に見合った教育 + 遊びを通しての学習
身体と精神のバランスのとれた発達 - 体育復活

2) フランス

ラブレー: 百科全書家 「人間は自然の一部」

理性と共に感情も重要-汝の欲する所を行え → そのようにして自己規律を作って行く
子供の持っている全能力を発揮させる方法

ポダニ J.: 公教育
モンテーニュ

文芸的知識、書物はあてにならない → むしろ、小さい頃から様々な事を習慣化させることが重要
母国語重視: イエズス会学院は母国語を教えずギリシア語ラテン語のみを教え批判対象となった

3) ギリシア

エラスムス

4) イギリス

トマス・モア、ジャン・ルイス、ウイーベス

Review. ルネッサンス期の教育

エラスムスの考え方 - 言語教育の重視
デュルケム・エラスムス主義: 幾つかの変化を経て浸透

コレージュ(寄宿制度) = 学寮: 1. 現実世界への不信感 → 隔離。2. 子供の内発に対する不信感
↓ 何故このような形式がとられたのか
近世社会の反映、長子相続の繁栄 + 社会全体の均一性への関心の高まり
17-18 cにこのように流れが変化して行く = ブルジョアジーの発展 → 子供の内発性を善と看做す
エラスムスの中では人間の中にウエイトが置かれる(人間教育) → 人間中心主義→限りない存在 → 人間の人間たる由縁 → 言語 ↓ 対立

ラブレー

人間の身体性
人間は宇宙や自然の一部 → 自然の秩序に従うのが人間 → 社会・自然と人間の関わり

近世の中等教育は実用的なものより人間教育は重視されていた
エラスムス的理解 - 人文主義・言語主義
知識と教育の新たな関係: 社会科学・自然科学等 = 外の世界の支配道具 → 人間形成においてこれらの知識が役に立つ
コレージュの中では理想的人間像を教える。修辞学復活。作文を書かせる
近代に入り実学が拒否される(18 cに入ってから実学を取入れようとする動き)
競争の教育(グループ同志で) → 賞・罰・名誉・不名誉
規律の重視 → 快適生活の保障
→ これらが教育理論で完成しまた批判する
Ex. コメニウス(1592-1670, 17 cに活躍)

ボヘミアの聖職者+教師(哲学者)「大教授学」(1632 or 39) 1657ラテン語版
ルネッサンス期の教育理論の閑静と18 cへの橋渡し的役割
子供の神聖: 大人と違った固有の特性(イタリア、ルネッサンス期に主張されていた)-ベーコンの考え方を取り入れる
子供は学習意欲をもって発達して行く → 法則的に発展 - 教育の重視
= 興味の重視 → 大教授学: 個人的指導のみならず学校が必要
→ 公教育が国際的に発達する必要性(現在のユネスコ)

→ 近代教育の出発点
30年戦争: 聖職者や哲学者もチェコ民族解放運動と関わる → ヨーロッパ全体の回復(彼の教育問題とも関わる)
ヨーロッパの平和が何故回復されないのか→民衆の無知が根本的問題と考える(トマス「カンパネラ」、ルネッサンス末期) → 一人一人への教育の重要性 ↓ 学識(=学習)・徳性(=行動)・敬神(=祈り)
学識は本来人間の中に種子という形で内存している(可能性) = 現実性を持たせるために教育が必要
彼の人間観と関わる(目的は来世、来世の準備として現世が大切)
人間は人間になっていくことにより始めて人間である-人間: 形成的存在・教育的存在→どのような人間にも教育が必要→人間社会は教育社会である(近代的色彩が強い)
教育 権利としての教育 = 教育の機会均等 → この2つに通じる教育法を提起した

「大教授学」本来のテーマ: あらゆる人に全ての事柄を教える普遍的技法を述べる。(能力・知能の自然的差異は認めていたが、可能性の存在として人間を認めていた)。当時の教育は、学校の数が少ない、修学期間が一定しない、教える内容が区々などのため、必ずしも全ての人が教育を受けていたわけではなかった。

知能と自然的調和の過不足(前近代的)
知能が弱いもの→多くの教育が必要 → 公正の原則(配分主義)
公正の原則-社会的・経済的付近等をなくする

機会均等: 近代教育思想の初期においては公正の原則が非常に重視されていた。(ex. ロック、ベンsム) → 実際に公教育の中では公利的観点から機会均等が認められていた

総ての事柄を 人文主義教育 + 実学主義教育 母国語・地理・歴史等
学校教育 - 職人養成・人間形成
普遍的技法を どのような人にも分かる(通用する)教育方法 どのような教育にも通用する教育方法 + どのような教師でも通用する教育方法
形成的自然(人間): 発達する存在、教育という外力の必要性(成熟説) = 生得説に反するものとしての経験説
ビアジェの指摘: 能動性の重視 = 学習に関わる知育 → 外的な行動 ⇔ 内的な行動 - 推論・思考
道徳教育も能動性問われる(外的強制では道徳は学べない) → 集団(生徒間・教師-生徒)中で身に付ける
実例 + 書物 → 模倣: 集団的遊戯の重視 → 規律を身に付ける

→ 近現代的教育: フランス、ホベ

発達段階論

能力・年齢重視: 幼年期・少年期・思春期・青年期
学校制度は生涯教育の一部を担当するもの
教育は本来は両親の仕事である → 教育権は親が持つ (教育をする権利・受ける権利)
→ 権利としての教育・教育の自由に関する考察契機
親-暇が無い・学識を教えることは出来ない → 学校の必要性(学校分業論)
親の教育権の一部(知育)を任せる
集団の優越性
私教育を認める-教育の自由.。公教育も認める
学級・学年・教科課程・時間割・教科書

教授の原則

  1. 自発性の原理
    学習意欲-非常に能動的なもの
    教師の関わり方: 子供の学習の助力(消極的なものではない)
    現在の教育: 単なる外的なものがよいのか?
  2. 直感の原理
    事物による教育 → 言語による教育(獲得された知識はあとで言語により身につく)
  3. 段階を追って進む段階原理(易しいものから難しいものへ)
    具体的 → 抽象的 / 単純 → 複雑 / 全体 → 部分 cf. 遠山の垂直方式(一般的 → 特殊)
    ゆっくりと時間をかける: 年齢・能力を考慮。中断せず区切りをつける
    水平的カリキュラム Ex.一日に様々な教科を行う(教科間の繋がり)
    垂直的カリキュラム Ex.系統性: 同一レベルを何度もやる

近代の教育


教会との対立の中で王権が自ら教育を行うようになる
近代市民革命 → 新たな教育(生まれなかった?)
教育学
子供の見方が変わる = 教育過程そのものが変わる
教えるもの → 学ぶもの、反応選択の自由(従来の強制教育では考慮されない)
教化と教育は異なる(教化に学習意欲は関係ない)
教育制度構築
公教育制度の重視: 多目的 → 時代によって内容は異なる

ヘレニズム = 共同体的なもの / ギリシア = 市民団 / 中世 = 臣民として王に従う

19 c後半 国民教育制度 公教育制度 (多義的)
  1. 近代市民社会を如何に作り上げて行くか: 近代市民社会の理念に沿った近代教育原則を基とした教育
    → 第三階級(支配層の自己教育) - それに相応しい人々を養成する
  2. 近代教育原則の例外としての公教育 → 民衆教化のための教育
  3. 近代教育原則に沿った公教育 → 民衆の自己教育
    英仏での近代公教育として知られている
国民教育の内容が問われる

国民の義務としての教育
国民の権利としての教育 の要請
↓ 教育権を巡る様々な論争(国vs親vs教師)
子供の権利 の問題提出
近代教育原則 → 近代公教育原則 → 現代国民教育制度

近代教育原則について
1. 権利としての教育

Ex. 中世: 王が教育権を握る(国民 - 義務)、教会 → 受刑教育
主体としての人間の構築(ルソー、ロック等)
社会を構成する人間 → 個別的なもの、様々な契約を結ぶ
→ 理性と意思を持つ人間である事が前提 = 全体的利益をも考えていくことが出来る
ロック: 意思・理性を持つ人間は限定され、労働者階級では持たない

コンドルセ: 啓蒙された全市民が意思・理性を持つ。教育権は個々の人間にある(権利としての教育)
ルソー: コンドルセの考え方に更に子供の時から権利を有するとする

子供の独自性 → 子供の権利に繋がる
子供は基本的人権を持ったものと捉える(=生存権を有する) 更に子供の特徴を加味し成長発達する権利を提案 → 学習権 → 教育を受ける(への)権利
→ 権利としての教育を保障するために外的条件保障が必要
学校制度の決定: 学校体系をいかにするか(学校構成の可能性)

男女共学: 両性の共同・協力学習
無償性
その他: 教育行政・財政をいかに形成するか等

権利としての教育を保障するための内的条件保障

教育の自由の原則
学校設置の自由
親権について: 親の子供に関する権利は監督・養育・保護(イギリスでは児童労働・親権の乱用という問題があった)
親権の二重性-権利 + 義務
義務: 子供の権利への義務 - 国家への義務を考えられる側面(19c終) ex. ドイツプロイセンの考え方
公教育: 学校に依頼するのは教授可能なもの(知育) - 公権力

2. 教育形態: 本来は私教育 → 依頼された形で公教育

成長中の世代の教育。成人の教育(現在でいう生涯教育)

3. 教育内容: 人間と市民と職業人の養成 = 人文教育 + 科学教育
4. 方法: 成長段階を考慮に入れる(自発性・直感・段階) 第三階級はこれらを取り入れ教育を行う: 民衆強化のため → 全てのものに教育を! - 民衆の間から発生

コンドルセについて(19c): 教育よりも(フランス)市民革命に活躍した人。本来自然科学者、ジロンド派

権利としての教育
人間的権利の平等を実際のものとするための手段 = 教育不可欠

権利の認識と行使 + 義務の理解と履行

彼は自然的不平等については認めている

個人の福祉(個人個人が協力し自然的不平等を減少させる)
無知の故に他人の理性に依存する → 専制
知識・才能に優れたものは獲得したものを社会の共通財産とすべき

公教育構想者として知られる

⇔ ルペルチェ: コンドルセ案の後に

教育の自由・権利の教育に重きを置かない → 平等主義を重視
国民教育舎に入った: 国家主義的・社会主義的・スパルタ主義的

国際化


グローバル化に向けた授業展開 - 国際化とは何か -

大学教室におけるコミュニケーションのフレームワーク
  • 語彙 (一般用語・専門用語)
  • 文法
  • 発音
  • スタイル
  • 社会的側面・自信
フレームワークが大切な理由
  • 手間をかける → 自信ができる
  • 手間をかけたくない → 王道を歩け
  • 王道 → 教育学の基本(フレームワーク)
日本の大学は危機的状況
  • 学力低下
  • 学生数減少
  • 教員数削減
  • 改革・広報業務の追加
  • 研究費削減
  • 社会の大きな期待とその急速な変化
  • 政府の財政危機
教育改革のモデル

  • ビジネスモデル (品質管理)
米国大学改革系譜
企業から大学へ
  • 第二次世界大戦後にできた統計学的な製品管理手法 (デミングら) →
  • 1980年代に日本が世界をリード (優れた製品管理)
  • → 米国企業が製品管理手法再導入
  • 1990年代に米国の大学が製品管理手法を組織的に導入

因果は巡る

日本を越える製品管理 PDCAサイクル: デミングホイール
  • Plan (計画): 実績や将来予測などを元に業務計画作成
  • Do (実施・実行): 計画に沿い業務実行
  • Check (点検・評価): 業務実施が計画に沿っているかを確認
  • Act (処置・改善): 実施が計画に沿っていない部分を調べ処置
世界の大学
  • アジア
    中国: 大学生総数3000万人(進学率20%)
    韓国・台湾: 進学率90%へ
    インドネシア: 進学率20%へ
  • ヨーロッパ: ボローニャプロセスの導入、国際化(進学率数%から40%へ
国際化の意味
  • 教育制度の国際標準
    英語による教育
    PDCAサイクルの整備 (AP, CP, DP)
    エリートからユニバーサルへ
    教育能力の修得
  • 教育方法の国際標準
    双方向授業 (講義からの脱却) active learning, tutorial
    シラバス整備
    Rublic, Portfoliaなどの導入
    e-ラーニング, クリッカーなどの導入

教育の基本

大学教育活動は「目標」「方略」「評価」により成立し、その中心に学生がいる
シラバス作成が教育の基本
  • 目標、実行、評価、改良のPDCAサイクル
  • できれば15回のシナリオ(各A4一枚)を作成
  • 学生との契約
  • 契約書(計画書)のある安心と自信
シラバス作成
授業設計のフォーマット - シラバスの構造
目標
一般目標 (科目の理念、概念的目標)
行動目標 (到達目標)
授業内容 (順序と内容・資源・方略)
1 ……. 2 ……. 3 …… … ……
評価 (評価基準、補方、割合)
Ex. 出席30%、筆記試験30%、討論参加20%、レポート 20%

学習目標

1. 目標設定の意義
  • 具体的目標設定
    → 学習のガイド、モチベーションの刺激
  • 学生と教員の間で、学習目標や評価についての情報交換を容易にする
  • 複数教員担当 → 学習目標や進度について共通の理解得やすい
  • 学習方略・評価法の設計を容易にする
  • 学習目標を達成したか否かの評価がしやすい
  • 国内外の他大学との単位互換や、第三者による大学評価などにも必要
2. 一般目標と行動目標
シラバスでは、学習目標を次の二段階に分け表現:
  • 一般目標: 学習目標を、概念的・理念的に表現したもの
  • 行動目標: 一般目標達成のために観察可能な個別的行動において何ができるようになればよいかを具体的に表現したもの → 評価できる目標 → 行動目標と評価は対応する (行動目標で掲げたものは必ず評価 ↔ 掲げないものを評価してはならない)
    成績評価は、行動目標の達成度の評価で行う
3. 学習目標の持つべき性格
教育目標は               一般目標  行動目標
    現実的であること       ○        ○
    理解可能であること     ○        ○
    測定可能尾であること             ○
    行動的であること                 ○
    達成可能であること     ○        ○

(Bloom 1956)

4. 学習目標の三領域と到達レベル
学習目標の設定は、三領域を意識し行う:
                                 (英語はここ)
           認知領域  情意領域    精神運動領域
           知識      態度・習慣  技能
    浅い   想起      受け入れ    模倣
    ↑↓   解釈      反応        コントロール
    深い   問題解決  内面化      自動化
                     人間性高める  考えなくてもできる
5. 学習目標記述の二原則
  • 学習者を主語として書く
  • 学習経験の結果、いかなることができるようになるかを表す動詞を使う
How to write object
  • This course aims to study a basic theory, …
  • By the end of this course students should be able to
    1. write appropriate syllabus with correct understanding.
    2. carry out the class that …
    3. explain the relation between …
6. 一般目標の記述
  • 知識、技能の学習がなぜ重要化
    目的を明記する = 「… するために」
  • 総括的な概念を表す動詞を使う
    知る 認識する 理解する 感ずる 位置付ける 考察する 使用する 実施する 適用する 示す 創る 身につける
  • 必要な目標分類(認知・態度・技能)を総括的に含める
7. 行動目標の記述
一般目標を達成するために、具体的な目標を示す
  • 学習者を主語として書く
  • 動詞を含む文章とする
  • 概念的な言葉でなく、観察可能な行動で表す
  • 一般目標と関連させる
  • 到達レベルを書く
  • 認知、態度、技能の領域を分けて書く
8. 三領域で使われる動詞

参考: シラバスフォーマット

認知領域
  • 列記する: 列挙する 述べる
  • 具体的に述べる: 説明する 分類する 比較する 類別する 関係づける 解釈する
  • 予測する: 選択する 同定する 公式化する 一般化する 使用する 応用する 適用する 演繹する 結論する 批判する 評価する
情意領域

行う 尋ねる 助ける コミュニケートする 寄与する 協調する 示す 見せる 表現する 始める 相互に作用する 系統立てる 参加する 反応する 応える

精神運動領域

感ずる 始める 模倣する 熟練する 工夫する 実施する 行う 創造する 操作する 動かす 調べる 準備する 測定する

方略の設計
  • 双方向授業 (講義からの脱却)
  • active learning: 学生が自分の頭と手を使う
  • tutorial: 問題解決を目指す活動により全てを習得する。北米の多くの医学部で完全転換
  • グループ学習: 学生同士の相互作用
  • 遠くの国で行われている夢物語ではない
    東京女子医大、沖縄科学技術大学院大学
文字ばっかり … → 挿絵があるとほっと一息
ずっと話している … → 実演があるとほっと一息
グループ討論
  • 学習者が中心
  • 仲間同志の相互作用により、問題解決能力の向上や態度変容に効果的
  • 文殊の知恵 (他の意見からさらに発想 → 1 + 1 = 3に)
手法
  1. 人数: 6人程度 (全員が討論に参加することが重要)
  2. 各人はグループ内で責任ある役を演じ、自己形成的に学ぶ (リーダー、発表係、記録係)
  3. リーダーが重要
    • アイスブレークでリーダー動かないと時間が足りなくなることを経験させる
    • コミュニケーションの促進、問題点の明確化、交通整理
  4. 学生にある程度の知識が必要。予習が重要となる

成績評価

  • 古くて新しい問題
  • どのような評価方法を使うか、絶対評価か相対評価か、形成的評価か総括的評価かなどは、科目の性質により使い分ける
  • ルーブリック(Rublic)やポートフォリオの活用
適正な成績評価のねらい
  • 大学内の公平性: 隣のクラスと同じ基準、昨年と同じ基準
  • 大学間の公平性: 別の大学で判定された砕石の評価が可能
  • 国家間の公平性: 別の国の大学で判定された成績の評価が可能
  • ところで科目の目的は?: 教育目標適切なら、それを達成することが大切
評価の持つべき特性
  • 妥当性: 測定精度が正確。対象の行動を測定している
  • 信頼性: 同じ集団に同じ評価をすれば結果は同じ
  • 客観性: 誰が測っても同じ評価尺度
  • 効率性: 経済的にも時間的にも実用的
  • 特異性: なぜそう解答されたかがわかる
異なる評価方法
  • 形成的評価と総括評価
  • 相対評価と絶対評価
  • 認知領域と情意領域・精神運動領域
評価方法
  • 論述試験 (ペーパーテスト)
  • 口頭試験
  • 客観試験
  • Simulation test
  • 観察記録
  • レポート
  • ポートフォリオ
ルーブリック (Rublic)
  • レベルの目安を数段階に分け記述し、達成度を判断する基準を示すもの
  • これまでの評価方法は認知領域を対象にしてた客観テストが主流を占めていたので、情意領域、精神運動領域の評価は難しい
  • そこで、学習結果のパフォーマンスレベルの目安を数段階に分けて記述して、学習の到達度を判断する基準を示す教育評価法
ポートフォリオ (portfolio)
  • 「紙ばさみ」を意味する英語
  • 従来の科目テストや知力テストで測定できない個人能力の質的評価法
  • 学習過程で学生が作成した様々なものを収集し系統的に選択し、教師とともに学生自身も自己評価を行い、ステップアップしていく
北大全学教育にガイドライン導入
  • 科目別
  • GPA、上限設定と同時に
  • 科目毎の分布の開示
  • 異常な科目の担当者には手紙が
Ex. 物理学
  • 中間試験および期末試験(60%)、レポート(20%)、出席(20%)で評価する
  • 評価分布は物理系と非物理系に分け秀15%、優30%、良40%、可以下15%程度とする

英語

教室の英語について
  • どんな言語も決まり文句がある
  • わかりやすい発音単語フレーズ
  • 口をはっきり動かし、ゆっくりしゃべる
  • 学生にも話をさせる (双方向授業)
  • 専門用語だけは避けて通れない
  • 英語は技術 → 慣れる、使う、だけで上達。マイクロティーチング効果的
英語について考える前に
  • 講義をよくする工夫 - いろいろ (高等教育研究部門)
  • 明瞭な発生
  • よく見える板書、誤字脱字なしで
  • ゆっくり掲示するパワーポイント
  • 適切な室温

社会環境教育論 (social environmental education)


啓蒙: 情報の寡少な一般人に必要な知識を与え、知的水準を高めること
→ 社会教育、教育方法、教育内容、教育理念? 誰が、誰の、どのような迷蒙を、どのように啓いたか?

自然教育

啓蒙と「啓蒙期」 → Kantの「啓蒙」, 文化史・精神史・社会思想史

教育史


戦後改革期の教育思想と社会教育

戦後改革期
= 「啓蒙期」説
日本社会教育史(「啓蒙期」説)
学説史
宮坂広作 1945-52 近代日本社会教育政策史(1966): 戦前日本の社会教育政策に関する初の本格的通史

明治維新-太平洋戦争までを時期区分し、各時期の社会教育政策・行政の歴史的素描
→ 社会教育を歴史の中で理解

近代日本社会教育史の研究 (1968) 教育内容史
宮坂広作 1945-50
思想史
小川利夫 1945-50
現代社会教育思想の生成-日本社会教育思想史序説-(1977)
A 社会問題としての社会教育(社会教育思想の萌芽形態)

1860年代-1900年代 (特に1907年)

B 教育的デモクラシーとしての社会教育(社会教育思想の現代的生成)

1907-29年
大正期の社会教育思想

C 教化としての社会教育批判(危機における社会教育思想)

1930-45年
昭和ファシズム期の社会教育思想

D 権利としての社会教育(現代社会教育思想の成立と展開)

1945-75年
戦後の社会教育思想

→ 社会教育研究対象 = 「社会教育行政(活動)と国民の自己教育運動との矛盾」を歴史的・現実的に明らかにする
実践史
福尾武彦1949-53
人びとの学びの歴史 (1994)
啓蒙思想検討の視点
基本的性格: 「理性と自由」, 反封建・反教会権力, 私的所有と自由競争
諸類型

先進国型と後進国型: イギリス、フランス、ドイツ(プロシャ、オーストリア)
ロシア: 振興ブルジョアジーの発展度合と階級的基盤
「自由」: 宗教的 → 文化的 → 政治的
「理性」: 形而上学 → 経験論 → 機械的唯物論

日本
「3つの啓蒙期」(小川): 自由民権、大正デモクラシー、戦後改革
「弁証的啓蒙」(戸坂 潤), 社会教育 Erhebung = 啓蒙、教養(堀 秀彦) 戦後改革 = 啓蒙期説(小川) 後進国型を前提

欧米特にアメリカ成人教育論の翻訳的紹介 Cf. citizenship, enlightened el.
社会教育の主体=国家や社会、対象=一般民衆⇔Friedrich IIとVoltaire
国家抜きの社会機能主義(国家と民衆の矛盾を不問)⇔社会契約説
論理の形式性と抽象性、理念的・楽天的民主主義観

近代教育原則と社会教育
近代教育原則 (堀尾輝久)
  1. 私事の組織化、親義務の共同化としての学校
  2. 「権利としての教育」を現実化するための公立学校
  3. 教育(education)と知育(instruction)の区別
  4. 教育と学校教育の区別
  5. 公立学校における世俗主義
  6. 無償教育と就学非強制の原則
Condorcet「社会教育思想」(→ HelvetiusとRousseau, 百科全書派, La Chalotais): フランス型、大革命期、ジロンド派. Cf. Lepeletier, etc.

成人教育論 Sur l'instruction commune pour les hommes (第3覚え書き)
青年教育の延長、平等、普遍化、教育と「哲学」の結合-人権(政治教育) 自然法(道徳教育) 技術(「地域の経済」) 有益な知識(科学と芸術)

「近代社会教育思想」

啓蒙思想と近代教育思想の矛盾の可能性(自由と平等、自然状態と教育)
社会教育 = 独占段階説(宮原誠一, 五十嵐顕, 堀尾 etc.)
ファシズム下の教化政策と自由、理性、人権

社会教育行政の理念


「寺中構想」
教育の位置
position

→ 教育と訓練、普及、啓蒙、宣伝, 等

2つの教育構造論争
(1) 海後勝雄「資本主義の発展と教育上の諸法則」(1954)を巡って
(2) 青年学級振興法(1953)と教育構造 (宇佐川)

教育 ___ 分化形式 ___ 学校教育
______⌊ 自然形式
社会教育 ___ 統治 ___ 青年学級
_________⌊ 教化
_________⌊ 形成 ___ 自己教育・相互教育

社会教育構造論争
(1) 海後宗臣の教育基本構造 cf. Bildung, indoctorination, formation

_____教師_教材_生徒
陶治__________
教化___________
形成____________

(2) 佐藤千代吉の「発展理論」
(3) 宇佐川満の「社会教育の性格」
    一般的性格… ┆歴史的性格…┆日本的性格…┆現代的性格
    (構造論)     ┆(機能論)    ┆(推進       ┆(具備すべき要件)
    客体 =       ┆一般化      ┆ エネルギー)┆民衆性・生産生・
       生活主体  ┆特殊化      ┆政策と運動  ┆進歩性・科学性
                 ┆個別化      ┆            ┆(私事性・組織性・生活性)
教育構造論の意義と限界
1) 構造論と機能論
2) 本質論 → 発展段階論 → 構造論 → 現状分析
3) 教育構造論の諸類型

上部構造と下部構造、教育と陶治、教育主体-教育内容-学習主体
「教育組織の3重構造」(堀尾) (1)-(3)
支配階級 (1)自己教育 → → → → → 労働者・大衆 (3)自己教育
_________________(4) ↓ (2)教化 ↓ (5)
_________________中間階級(農民) (6) 自己教育
[教育構造論争]

        ┌──────────────┐
    ┌→│ 上部構造①④ ←──────┼┐
    ②  ├───────┬───↑──┤│
    └→│ 下部構造     │生産関係    ││
        │              ├───③──┤│
        │              │生産力───┼┘
        └───────┴──────┘

社会教育本質論


= 「宮原理論」
歴史的範疇としての社会教育
1) 「社会再文肢論」、形成(または原形態としての教育)と「教育」
2) 社会通念 → 法概念 → 歴史的範疇
3) 近代学校制度成立後、それに対するものとして発生・発達

日本の場合 「社会教育」の概念 = 通俗教育 … 自由民権運動とその圧迫過程

社会教育政策…日露戦争後、帝国主義段階への移行期

条件 = デモクラシーとテクノロジー

1) デモクラシー; 社会的民主主義の勃興(→ 法制的民主主義)

政治上の → 社会上の → 生活方法としての民主主義(J. Dewey)

2) テクノロジー=通信・交通手段 cf. 生産力、技術、交通 Verkehr

「下からの要求」と「上からの対応策」
1) 政策と運動
2) 「合流・混在」と「矛盾」
3) 19 c.後半の「労働問題の高揚」, 20 c.前半の「労働者階級の勢力のたかまり」

自由・平等の経済的・社会的裏付け、学習機会の均等 = 社会的民主主義?

社会教育の発達形態
1) 学校教育の補足、拡張、それ以外の教育要求 cf. 補充的、拡張的、超越的機能(平沢薫)
2) 代位形態、移行形態(小川利夫)
3) 「学校教育基準の形式的3類型」(宮坂広作)、「原形態」と「以外」形態? (福尾武彦)
社会教育の再解釈
1) 全成人の全面的学習: 再び原形態としての社会教育に、地域社会と公立学校 community school
2) 社会を改造し、環境を改変するための教育: 戦後復興 → 経済的自立、平和と生産のための教育
3) 教育の全国的計画化の必要: 干渉を伴わぬ財政援助 cf. no support, no control
4) 教育の自由←学習の自由
宮原理論の系譜とその後
1) その系譜

宮原誠一; 春山作樹 → J. Dewey, progressive education. Cf. 寺坂作雄; 下村湖人, etc. → P Natorp, reformpaedagogik

2) その後

生産主義教育から青年の学習運動へ、権利としての教育の現実化。宮原理論の後継者たち

小団学習 (社会教育における学習論 その1)


青年学級振興法と教育構造論争


1953(S28)-1999(H11)
青年学級: 勤労に従事し、又は従事しようとする青年に対し、実際生活に必要な職業又は家事に関する知識及び技能を習得させ、並びにその一般的教養を向上させることを目的として、この法律の定めるところにより市(特別区を含む)町村が開設する事業

国家による教育・学習活動への介入の明確化

1) 日本青年団協議会内部論争 → 共同学習論
2) 宮原誠一 vs 寺中作雄論争 (読売新聞紙上)
3) 宇佐川満・佐藤千代吉の海後宗臣への反論 (雑誌「社会教育」) → 教育構造論争

共同学習論の意義と限界


学習論展開の原点

社会教育法大「改正」と社会教育の基本的矛盾


前史

1) 占領軍CIEの青少年対策

IFEL, YLTCとgroup workの理論→青年団, etc.におけるションション活動

2) 戦後改革期の労働運動とサークル活動、農村の夜学会・青年学級、生活綴方教室
3) 青年学級振興法と日青協の「共同学習運動」

第2回青協大会(1952)、勤労青年教育基本要綱(1954)

「共同学習の本質」(吉田 昇)

1) 共同学習の目的

① 主体性確立 cf. 「承り学習」、身についた学習、講師=間接的指導者
② 集団思考・討議 自主的・共同的学習
③ 小集団による相互学習 民主主義 = 小集団、ファシズム=大集団
④ 「われわれ意識」・「仲間意識」
(⑤ 封建制度に対する抵抗運動 ← 近代と前近代が混合した日本)

2) 共同学習の方法

① 表面的興味から内心の要求へ Need and Interest, recreationの役割 ② 素材としての地域の問題-生活を合理化し、生産を能率化する ③ J. Deweyの「認識の5段階」 cf. Herbar派の教授段階説、単元学習

困難 → 問題の限定 → 解決の示唆 → 示唆の検討 → 検証

④ 学習と実践-問題解決学習、実践のプロジェクト、団活動と学習

『農村のサークル活動』(太田 尭)

1) 前史としての「たまり場」 = 生き止まりの逃避の場
2) サークルの目指すもの

①義理としきたりの社会に自由を: 1人1人のもつ具体的な矛盾の自覚
②劣等感の克服: 持ち前の力を取り戻すこと
③真実を取り戻す: 「本音・弱音」みんなのものに
④相身互いの愛情を取り戻す

3) サークルを育てるもの

①学習: おれたち中心から、発言を文字に、埋もれていた自我を掘り出す
②助け合い運動としてのサークル=土台
③広まりと高まり-部落サークル ⇔ 村の中央のサークル、専門的サークル

小集団学習の停滞-誤った技術主義(千野陽一)

1) 学習内容; 低俗な学習内容、問題深化の動機づけの挫折、「文化遺産」の軽視

生産学習と政治学習の分離、系統学習の否定

2) 学習方法; 見せかけの平等主義、個人学習の軽視(安易な集団討議偏重)

「一人の百歩より百人の一歩」の卑俗化

3) 学習組織; リーダーの軽視、公的社会教育の軽視

生産大学・労農大学・住民大学 (社会教育における学習論 その2)


農民大学・労農大学・住民大学


農民大学: 農民学習運動の1つ
長野県駒ヶ根: 農村運動メッカ → 信濃生産大学発足

→ 農民大学[拡大] → 労農大学 (農民減少により) → 地域住民大学 → 消滅

社会教育労働者・労働論の展開


共同学習論の分解

1) 反封建から反独占へ
2) 担い手としての中農の分解、農村青年の都市への流出
3) 共同学習論の分解(藤岡貞彦)

a) 後期中等教育の確立(確井正久) → 産業教育振興法
b) 運動の指導性確立(福尾・小川) cf. 教育の論理と運動の論理
c) 地域課題の実践 → 近代社会の矛盾克服(吉田昇) cf. 反封建か反独占か

4) 新教育批判、集団主義教育をめぐって

信濃生産大学

1960.8 → 1966.8
1) 生産大学がめざすもの(宮原誠一)

a) 主権者として生きて行くための理論、利害、敵・味方を見分ける力
b) 働く農民の立場; 思想・言論の自由 cf. 新安保問題, etc.
c) 生産学習と政治学習の統一; 技術・経営と政治・経済 → 全生活を変えていく運動
d) 系統的・発展的学習; 実践 → 理論学習 → より高い実践 → より高い理論学習

2) 学習テーマ

農業共同化問題 → 地域開発と農業構造改善事業→農村における学習運動

3) 学習方法・学習組織

a) 学習の3重構造; サークル⇔セミナー⇔生産大学
b) no support, (support, but?) no controlの民主的自治体(駒ヶ根市)
c) 運営委員会(農業青年、社会教育・農業問題専門家)による学習内容編成
→ 農業近代化協議会(←長野農山漁村文化協議会)
d) 現地報告、調査学習→系統学習

労農大学・住民大学へ

1) 農民大学から労農大学へ(1967)

a) 農業青年と労働青年の分化
b) 自治体の「事情」; 地区労の登場、観光開発
c) 基本テーマ「地域開発と住民」

2) 住民大学(長野 1974)、民衆大学・市民大学←自由大学・庶民大学

a) 地域開発・公害問題と学習活動 ex. 三島・沼津、志布志
b) 革新自治体と地域問題、住民運動の教育的側面・教育的意義

学習論発展の課題

1) 学習内容: 生活要求と学習必要・学習要求、問題解決学習と系統学習の統一、科学・文化の創造
2) 学習方法: 話し合い学習、生活記録、社会科学自然科学の学習、調査・実験学習、研究活動
3) 学習主体と学習・教育組織: 教育主体変化、学習主体から(自己)教育へ、改めて社会教育機関の役割

社会教育施設の展開


初期公民館

1) 施設教育: 公共性・近代性・民主性, 物的営造物 ← 施し設ける ← 団体中心性
2) 寺中構想と公民館: 「歴史的イメージ」(小川); 部落会館、農村公会堂、隣保会館, etc.
3) 初期公民館 citizen's public hall: 公民館万能論、看板公民館、青空公民館 = 民主化・文化活動・地域振興と「公民」教育

自治公民館論争

1) 倉吉市教育委員会『自治公民館のあゆみ』(1960): 宇佐川・福尾「現代社会教育」(1962)で積極的紹介
2) 小川「『自治公民館』の自治性」: 自治性、上からの近代化、政治と教育の矛盾、グループワーク青年団と類似的活動
3) 朝倉秋富「自治公民館のねらいと可能性」: 居住者組織(部落会、町内会)の教育的再編、それと結合した政治的支配の克服。「ナマの生活課題」との結合
4) 佐藤千代吉「知事公方式とその意義」(1965): 教養主義と生活主義 → 福祉主義へ。自治公と公立公民館の二元論 → 自治会 = 部落公民館
5) 小川・花香実・藤岡「公民館の現代的性格」(1965): 地方都市・農村の公民館再編成の一典型-後進的な意義。新生活運動との結合、形式民主主義的な「住民自治」

都市化と公民館

1) 市民公民館(市公民)方式

市民会館に間借、「教養豊かな市民」階層、公民 → 市民的発想(⇔枚方テーゼ)

2) 公民館三階建論と公民館市民大学(公市民)方式

たまり場、サークル活動、系統学習。都市の新中間層

3) 全公連の「今日的指標」と「第二次専門委員会報告書」
4) 三多摩テーゼ

四つの役割と七つの原則

施設づくりの展開と生涯教育政策

1) 「雑施設・乱施設」状況。全体としての貧困と大きな地域格差
2) 校区公民館、学校=公民館。 cf. 京都ろばた懇談会
3) 生涯教育政策と住民の施設づくり運動。シビル・ミニマムから施設内容・構造へ
4) センター方式、教育産業、ボランティア方式の登場と教育臨調

社会教育と階級・階層 - 学習主体論として -


養護学校 school for handicapped children


心体に障害のある児童・生徒の学校 → 障害を知的障害、肢体不自由、病弱・身体虚弱に分ける
1) 精神薄弱養護学校

教育内容は小・中学校内容と大きく異なる
小学部 = 生活、国語、算数、音楽、図画工作、体育
中等部: 中学校と比べ技術・家庭が職業・家庭となる点異なる
道徳・特別活動、養護・訓練
→ 自己身辺処理や家庭生活、社会生活・職業生活に必要な知識・技能を育てる指導が主
学校間で教育方針異なる: 作業的指導メインや、教科的指導主で中に作業を組み入れる等

作業的指導をしている学校多

2) 肢体不自由養護学校

小・中学校各教科、道徳及び特別活動の他に、養護・訓練として、上肢動作や起立・歩行動作等訓練、日常生活動作及び作業動作訓練、及び発音発話を中心とした言語指導を主にすすめる

Ex. 授業 = 作業中心(機織り、陶芸、椎茸栽培、レザークラフト等)。9時登校、10時半までクラス単位活動、12時まで作業

3) 病弱・虚弱養護学校

各教科、道徳、特別活動の他に養護・訓練として心身障害状態を改善・克服する指導

4) 特殊学級

障害が盲・聾・養護学校対象とならない程度の心身障害児に、小・中学校で特別な教育を行う学級
教 育課程基準は小・中学校の通常学級と同じだが、必要に応じ小・中学校各教科、授業時数その他学習指導要領によらず特別教育課程によることができる。体育だけ特殊学級で受ける人もいた
1979: 小・中学校同様に義務化
2000: 全国814校。幼稚部から高等部まで7万9000人が通う

超番外 (super-out-size)


高等中学校・旧制高校における自治制に関する歴史的考察

浜田慎二

はじめに
 現在、寮生活を送っている筆者にとって、旧制高校の「寮自治」に対する疑問は大きい。現代よりももっと露骨に思想弾圧が為された時代であった。今の学生にとってさえ守るのが困難であると認識される「自治」を、何故彼らは保持し得た - 少なくともそう思っていた。戦時中、寮が学校報国団の中に組み込まれるまでは - のであろうか。彼らのいう自治の内実は何なのか。それはどういう過程を経て成立していったのか。
 本論では、当時の日本における旧制高校の位置けを踏まえ、寮自治制度の変遷を追うことによって、上記の課題を明らかにしていきたい。
第1章 旧制高等学校制度史概観
第1節 中学校令
 旧制高校の直接の前身である高等中学校は、1886(明治19)年、「中学校令」(1)によって設立され、その目的は「実業ニ就カント欲シヌハ高等ノ学校ニ入ラント欲スルモノニ必須ナル教育ヲ為ス」ものであるとされた。それ以前の、「中学校教則大綱」によって設置されていた「高等中学科」は、「高等ノ学校ニ入ルカ為」のものであると規定されながら、こと東京大学(1886年帝国大学と改称)に関しては全く継がりが無く、事実上その準備教育は東京大学予備門においてのみ為されていたのである。
 従って高等中学校の前身は、第一高等中学のそれが東京大学予備門、第三高等中学のそれが大学分校であった他は全くの新設であり、既に幾つか設置されていた高等中学科は、いずれもその母体とはならなかったのである。
 高等中学校は、それ迄の同等中学科が府県の設立によったのに対し、直接文部大臣の下に置かれ、校数も極めて限定されていた。そこでは帝国大学各分科大学に対応された学科を置き、生徒は志望に応じてその何れかを選択することとなったのである。また、高等中学校の学力レベルはj非常に高いところに置かれたので、尋常中学校の整備が余り進んでいない初期には、そこの本科へ入学出来る生徒は甚だ少なかった。しかし、その為にレベルを下げることは行なわれず、学力が足らないものは予科・補充科へ回され、入学希望者の数にかかわらず、定員枠よりも大幅に少ない生徒のみで高等中学校は開校されたのであった。
第2節 明治27年高等学校令
 1894年、「中学校令」に変えて「高等学校令」(2)が出された。これによって各科が高等学校と変えられ、また、その性格は専門学科の教授を主とし、帝大予科としての役割を徒とすることが意図されたのだが、専門学部には入学希望者が少なかったこと、及び専門学部生と大学予科生との対立、等の現実問題も生じ、専門学部は1906(明治39)年を最後に何れも改称、廃止され、高等学校は大学予科のみの学校となったのである。

(A) 高等学校入学者数 (尋常科
入学者は除く)。中島太郎. 旧制
高等学校制度の変遷(II), p. 37
____
1916 2121 1922 4372 1928 5961
1917 2224 1923 4788 1929 6114
1918 2267 1924 5193 1930 6155
1919 2896 1925 5449 1931 6162
1920 3491 1926 5640 1932 5661
1921 3774 1927 5797

第3節 大正7年高等学校令
 1918年の、この「高等学校令」(3)では、高等教育目的の変更が意図された。高等学校は、「高等普通教育」ヲ完成スル」ためのものであると定められ、大学の準備教育に限定されないことになったのである。この理念に沿ってカリキュラムが変えられ、設置主体も国だけではなくなった。そして、この時を境に公・私立校も含め、高等学校の校数・生徒数がそれまでに比して大幅に増加していくのである(A)。
 しかし、実体としては大正期に設立された「地名高校」を含め、高等学校では全て大学進学希望者を前提とした教育を行なっていたのであり、大学入学を希望しない生徒も皆無に近く(B)、またその大半が帝国大学へ進学していったのである。

(B) 高等学校卒業者中、直ちに職に就い
たものの数(1921-1934)。文部省年報で
進路先が「実業従事者・官吏・学校職員」
となっている者の総計。また、上級学校
進学者中の帝国大学進学者の占める割
合は、9割を超える、という指摘が佐竹和
世氏によってなされている。
1921 0/3945 1926 2/4313 1931 17/5255
1922 0/2493 1927 17/4705 1932 3/5338
1923 3/2903 1928 10/5033 1933 0/5475
1924 7/3795 1929 11/5156 1934 3/5508
1925 10/3795 1930 11/5285

第4節 その他  以上述べたように、高等中学校、高等学校の実質的な性格は一貫して変わることは無かったのであるが、ある意味ではそれを支えていたともいえる生徒達の意識について述べる。
 端的にいえばエリート意識である。自分達を一般社会に比して一段高い所にあるものと意識していたことは、寮史・寮歌の中によくうかがわれるところである。生徒に対し、文相・学校長等は「社会の上流」に立つべき人間を養成するところであると、その面前で訓示しているし、また、それに対する生徒の言葉も十分にその意図に応じるものとなっている。そして、そういった意識は、高等学校が拡張された後、昭和に至っても全体としては変わることは無かったのである。
 昭和に入ってからのものであるが、例えば記念祭等の寮開放に際しての、「どうせ市民を喜ばせうるものは解り易くなくては駄目だ」(姫路高白陵寮史 p. 363)、「比較的低度な町の人の頭で我々の苦心の作品を変に解釈されてもつまらぬ」(水戸高暁鏡寮史 p. 425)等々の記述から彼らの意識が垣間見られよう。
第2章 寄宿舎における自治制の成立
第1節 自治制施行以前
 高等中学寄宿舎は、設立初期から単に遠隔者の便宜を図る為だけのものでは無かった。寺崎昌男氏が、明治10年代の書生達の自由民権への動きとそれへの政府の対応について述べているが、特に東京・大阪の大都会に設置された学校にあっては、そういった動きから遮断する意味もあって、多くの場合「訓育」を行なう場所として寄宿舎の必要性が重視されたのである。
 自治以前、の寄宿舎は、舎監が直接寮生活を監視し、食事は特定の業者に全てを委託する、という形で運営されていた。その状態の中では舎監襲撃、賄征伐が頻繁に起こっており、そういった日常生活の中で不満の意を表す為にとられた行為について、各寮寮史は概ね自治志向の表れであるとしている。また、第三高等中学ではそういった状態の産物として、組長制度が敷かれ、さらに「宿舎生徒組合規約」が舎生の手によって作成されたとされている。内容的には自治制とは言い難いものを多く含んでいたとはいえ、後年の「自治制」に似通った形式を持っていることは注目すべきであろう。また、第五高等中学では、賄征伐の対策として自炊制が早くから取り入れられている。
 こういった動きは、寄宿舎運営上、「自治制」への移行は一定の必然性を持っていたということ、また、学校側にとっては「必要な措置」としての面を含んでいたことを示しているものと思われる。
 賄征伐 - 飯が不味い、炊事人の態度が悪い等の理由で行なわれた。例えば出された飯に一切手を付けないで捨ててしまったり、食器を壊したり、等々の炊事人を困らせる行為を指す。時には、全寮生あげての「大征伐」が行なわれている。
第2節 第一高等中学校寄宿舎における自治制
 1890(明治23)年2月24日、校長木下広次は、「全国五高等中学の首に位」する、「我校」の生徒達に「十分なる信用」を置いた上で、所謂「自治制の訓示」を行なった(向陵史 p. 4)。第一高等中学校宿舎では、生徒がこれに応えて日本の教育機関始まって以来の「自治制」を敷いたということになっているのだが、木下の意図した「自治制」は、養成すべき徳育として木下自身が予め四綱領を定め、その達成の為に「諸子互に戒めて自ら治めば」という条件付きで与えられたものであった。また、彼はその2年前の教頭就任演説の中で、教頭である自分は、生徒の意向如何に関わらず「自由ノ判断」を取り得ると明言しているのである。
 そういった木下の意向を受けて作成された「自治寮規約」は、日常生活の細部にわたってまで自らが守るべき決まりを定め、それを連帯責任制の中で守っていくという内容のものであった。単に生徒管理という観点のみから捉えれば、学校と生徒がその目的を一にし、かつ最終的な権限が学校が持つという状況下での連帯責任を伴った「自治制」は非常に効率の良い生徒管理形態であるとさえ言い得る。「自治制」施行の直後には、賄征伐を寮委員が押さえにかかる、といった事例も生じている。生徒の「自治意識」は学校にとって非常に都合の良いものであった。
 「自治」を受け入れる際に、それの全うは「徳義の点」において秀れていることを示すものであると生徒が述べているが、要するに「言われたからやる」のではなく、「言われなくてもやるべきことはやる」というのが「自治」の中身であった。そしてそれは木下が言うように、第一高等中学の生徒だからこそ与えられ、生徒もまた、第一高等中学の生徒であるという自覚を持って受け入れたのであった。
第3節 他のナンバースクール寄宿舎における自治例
 第一高等中学寄宿舎が「自治制」になったからといって、他校が直ちにそれにならった訳では無かった。先ずは自炊制のみ導入された第五高等中学、舎監の権限は大幅に認めながらも規約の作成は寮生の手によった第四高等中学、学校によって「自治制」へ至る過程は様々である。また、木下広次の訓示によって、突然の形で「自治制」が始まったとされる第一高等中学とは違い、他校では「自治要求」が様々な形を取りつつ為されてはいるが、寮史という限られた資料の範囲でいえば、一高の影響であるとしているところが2校あるにせよ、いずれもその根拠は明確ではない。また、「良き指導者」を求める声は何れの学校生徒においても高く、自らを指導されるべき存在として明確に意識していたことがうかがわれる。
 しかし、いずれにせよ大正の初めには、概ね他の高校でも「自治制」 - 守るべき規約を寮生が作り、それを寮生自身によって守る、という形 - となっていったのである。
「地名高校」 明治期に設立された「ナンバースクール」に対して、大正8年以降に設立された、例えば山口高等学校等の地名を冠せた旧制高校の総称
第3章 宿舎制における自治制の確立
第1節 「地名高校」寄宿舎における自治制
 「地名高校」開設の頃には、ナンバースクール寄宿舎の「自治」については、例えば雑誌などを通じて一般的に広まっていたものと思われる。「地名高校」では大体において、寮生の手による寮内規約の作成を学校側も前提としながらも最初は厳しく監督し、数年のうちに寮生の手による寮運営へ変わるというパタンを踏んでいる。ナンバースクールの「自治制」を基準にすれば、そのレベルには、学校によって差はあるにせよ、何れも短期間で到達しているのである。それについての学校側の態度は、奨励こそすれ、積極的な反対というものは観られない。ナンバースクール寄宿舎のあり方が、一定参考になっているのであろう。
 また、寮生側も「自治」を当然のものとして受けとめている。コンパやストーム等の寮行事とともに、「自治」もナンバースクール寄宿舎で行なわれていたから「地名高校」へも持ち込んだということであろう。高等学校寄宿舎のあり方を、ナンバースクールのそれに求める意識は、例えば開寮前に既に寮歌(校歌でも生徒歌でもない)を作っていたり、初代寮生が新入寮生を迎えるにあたってストームの練習をしていたりと、筆者などの想像以上に強かったものと思われるからだ。また、実際に他寮視察がナンバースクールを対象として頻繁に行なわれている。こういったことは、ここにおける「自治制」は寮生の内からの要求ではなく、「自治意識」をも含めて借り物であったということを示していると思われる。
第2節 旧制高校寄宿舎の自治制の発展と限界
 昭和初期に入ると、どこも「自治寮」と自らを称する状態になっている。しかし、それで固定された状態になったという訳ではなく、「自治寮」となってからも寮内部の制度的充実は図られ続けていた。例えば自営の購買部・理髪部・洗濯部等が設置されたりし、また、寮内組織も必要に応じて改められていく。学校側が生活内容に干渉することは殆ど無くなっていくのである。当時の寮生達が学校から自治を任され、そしてそれを発展させていったと考えていた所以であろう。しかしその反面、形式的な自治 - 寮に関する問題の最終決定は寮生自身が為さねばならない - にこだわるあまり、寮生が自らの意思を曲げてしまう事例は少なくないのである。
 例えば、学校側が寮生に対して門限の設定であるとか、寮の周囲に柵を作る等を行なおうとする場合、あるいは警察官が寮に入る場合、「寮生に無断で」それが為される場合には猛反発しても、一旦寮委員の許可を経る等しさえすれば学校側の言う通りになってしまった事例は多い。
 また、記念祭の部屋装飾一般公開に際しての事前検閲などは殆どの寮において行なわれており、寮報等の検閲も、その発刊に際して寮生自ら申し出ている場合すらある。

 ところで、大正末から昭和初期にかけて、所謂「学生社会運動」が盛んになるが、「左翼思想」は殆どの寮で寮生自らの意思によって排除されている。また、自治権拡大の要求が社研等から出されたりするが、それが寮生全体の声となることもない。
 1931(昭和6)年、満州事変が起こされるが、その際、「世論轟々としてその戦争の是非を論じている矢先」に軍に激励文や慰問金を送ったのは高校の寮生達であった。彼らのこういった働きが、昭和15年頃まで「自由の砦」として外見的には「自治」であり続けることが出来た1つの要因であろうと思われる.部分的にはともかく、全体としてみれば「自治」寮生達の動きは国策と外れることは無かった。
 旧制高校寄宿舎は、新入生に対しては原則的に1年間の全寮制を敷いていた所が多いが、これは学校にとって寮が最も管理しやすい場であったことを示していよう。実際、寮生規約の作成にあたって学校側が全く関わらない例はなく、寮生大会決議の実行の際にも多くは学校の認可を必要とするのである。
 ナンバースクール・地名高校に関わらず、そしてどの時期においても、旧制高校校長等は、自治を自ら律することである、という面のみで捉えており、また、彼らが生徒の自治を言う際には「自治訓練」という言葉を用いる例が多い。旧制高校寄宿舎にはそういった「自治」しか許されなかったし、また、そこから脱せんとする要求が寮生全体のものになることもなかったのである。
むすび
 結局のところ、旧制高校寄宿舎における「自治」は、制度的にも意識的にも学校側の手のひらの中に収まるものでしかなかった。しかもそれは旧制高校生だからこそ与えられ、彼らだからこそ受け入れた「自治」であった。従って、彼らが彼らである所以 - つまり将来、国家の中枢を担う人間達になるということ、から外れるような動きは大きなものとはならなかった。国体批判はそこでは起こり得ず、左翼思想の台頭に伴って結成される右翼的団体に象徴されるように、寮内あるいは校内に自ら思想チェックをする、またはそれを許す部分を持ち続けていた。そして学校にとって最も管理しやすい対象であった寮生達は、学校側の期待に背くことは殆ど無かったのである。
 これは、国民全てが臣民として位置付けられていた時代の限界であったとは言い得よう。そしてその中で、ほんの限られた人数のみが独占的に高等教育を受け得るという制度が、その限界を一層低いものにしたのであろうと思われる。
今後の課題として(もっと緻密に資料にあたること、というのは一応置いといて)
 旧制高校に入るということは、ある意味で帝大も含めた7年制の学校に入る、ということを意味していたのであるが、帝大の持っていた役割を踏まえ、その上で帝大生と旧制高校生徒を比較すれば、「旧制高校生徒社会」の閉鎖性 - あれは高校時代だけのこと、といったもの - を指摘し得るものと思われる。その閉鎖性から「自治」の質を論じることも必要であろう。また、時期的には戦時中、寄宿舎も学校報国団に組み込まれ、「自治制」では無くなるときの生徒の意識と行動を調べれば、「自治」の内実と限界がより明らかになるものと思われる。

参考文献


  • 五十嵐顕・城丸章夫(編). 1975. 社会教育(講座 日本の教育9), 新日本出版社
  • 倉内史郎. 1983. 社会教育の理論, 第一法規
  • 宮原誠一 1949. 社会教育の本質と問題 (教育と社会, 金子書房)
  • 西岡昭夫 1970. 科学はだれのものか (全書国民教育6 公害と教育 pp. 200-202)
  • 小川利夫. 1973. 社会教育と国民の学習権, 頸草書房
  • 小川利夫(編). 1977. 現代社会教育の理論(講座 現代社会教育I), 亜紀書房
  • 社会教育推進全国協議会(編). 1984. 社会教育ハンドブック, 総合労働研究所(改訂版)
  • 島田修一(編) 1978. 社会教育の自由, 学陽書房
  • Bloom BS (ed.). 1956. Taxonomy of educational objectives: The classification of educational goals: Handbook I. Cognitive domain. Longman, New York
  • 島田修一・藤岡貞彦(編). 1982. 社会教育概論, 青木書店
  • 鈴木敏正. 1982. 社会教育における「教育構造論争」再検討の視点. 社会教育研究 4: 45-56
  • 竹内敏晴. 1989. 子どものからだとことば. 晶文社 191 pp.
  • 寺山作雄 1946. 公民館の建設 (公民館の建設, 公民館協会)
  • 寺山作雄 1949. 社会教育法の意義 (社会教育法開設, 社会教育図書)
  • 宇佐川満 1956. 社会教育の性格 (『現場の社会教育』, 近畿社会教育協議会, 関書院)
  • 宇佐川満 1953. 社会教育をどう考えるべきか (社会教育, 8(9))
  • 吉田 昇 1954. 共同学習の本質 (共同学習の手引き, 日青協)
  • 吉田 昇 1955. 青年団の共同学習はどのようにして成長したか (社会教育)

北大祭実行委員会


1984年北大祭 1984年北大祭へむけて

'83年北大祭全学実行委員会事務局会議討論資料 19894.4.24

第25回北大祭実行委員長 市村猛樹

☆はじめに...
1984年度北大祭の成功と、今後の北大祭発展の祈りを込めて、今まで僕が表現して来た事をここにまとめる。これは自分に対する批判でもあり、苦悩の結論でもある。
恵迪寮自主入銓闘争と'84全学新歓のお互いが密接に絡み合った混沌とした動きの中でもやはり学祭(特に全学祭)への取り組みは教養祭、医学展を除きかなり遅れている。その様々な原因について言及する事はここでは避ける。
とにかくここでは、'84北大祭へ向けて僕が行って来た準備会の経過をまとめ、今後の取り組み方について考える事にしたい。
☆'84北大祭全学実委準備会の経過(結集状況)
2.28 医(実)・教養祭(準)・農(実)・教育(自)
3.06 流会
3.13 理(自)・教育(自)・教養祭(準)・文連・医(実)
4.03 医(実)・教育(自)・教養祭(準)・文連
4.10* 教養祭(準)・医(実)・薬(自)・経ゼミ連・理(自)・文連・女子寮・教育(自)・楡法会
4.20 流会

*: 4.10は招請状により呼び掛けた...

☆資料目次 ・「1984第26回北大祭へ向けて」(全学新歓結集団体へ配布)
・「昨年度全学実行委総括」と「実行委体制」
・「北大祭の意義」と「全学実委の意義と任務」
・「北大祭の意義」(第2原案) → 4.27
・招請状
1984第26回北大祭へ向けて

前北大祭全学実行委員長 市村猛樹

□ ある一つの危惧より
北大祭は毎年恒例の行事だが、過去の資料を見る限りでは年を経るごとに企画内容の実質的低下が目につく。大学祭の模擬店祭化、単なる有名人の呼び屋的"お祭り"化といった傾向は全国的にも表れているが、北大祭においてはそれに輪をかけるように、ノルマ的学祭化、学生主体の冷却化が著しい気がする。このままの状態を継続し、単に行事を消化するだけに終わるのであれば、北大祭を行う事自体無意味な事となり、無理に横のつながりを保とうとする一部の元気な学生たちが、体力・気力を消耗させるだけに過ぎなくなってしまうのではないか。そんな危機感を抱かざるを得ない。
この根源的理由を僕自身が論理的に解釈しようとしても、おそらくそれは、単なる「評論」に終わるであろうし、そのような手順を踏んでいる間にも刻一刻と時間は過ぎて行く。そして、いやがおうにも第26回北大祭はやってくる。
それでは我々はどうしたら良いのか。新歓期も押し迫り、ゆっくり考えている暇もなくなってくる。
おそらくこのような危惧を抱きつつも、ある一方では身近な部分での個々の取り組みは進んでいるであろうし、一定のスケジュールも立てられるかもしれない。そして例年通りに進める事によって、とりあえず北大祭を消化する事は可能だし、それ以上の事はする必要がないと思っているかもしれない。
僕が具体的に何を指してこのような事を述べているのか理解されないかもしれないが、とにかくこの焦燥感を何とかしたいがために、今まで北大祭、各学部祭を担って来た人々に生の声を語ってもらいたいと思っている。そして新たな「北大祭運動」を創造する方向で協力し合って行きたいと思っている。
□ 何から始めたら良いのか
まったくゼロの状態から始めるわけではない。昨年の総括もあるし、反省点も山積みされているはずだ。そして何よりも今までの北大祭を実感している人達が集まっているのだ。今までまずかったのは、これを最大限利用して後の世代へ伝えようとする姿勢が十分ではなかったからではないだろうか。「北大祭がいかにあるべきか云々」という以前に、過去の総括・反省点などをじっくりと見直すことから始めなければ机上の空論に終わってしまうだろう。そしてその上で現在進行中の各学部祭の取り組み状況(特に医学展・教養祭がかなり進んでいるみたいですが)を正確に出し合い、早急に対応を考えて行こうと思う。
□ これからの予定
新歓期の取り組みも念頭に置きつつ、北大祭全学結集の意義と組織運営上の問題点について討論する期間を設けたい。さらに、現在企画中のものについて、資金面かや内容の点から見て全学企画化できるものは早急に全学企画として準備を進め、実行委員会が未結成である学部については、当面学部自治会がその性質を担うものとし早急に全学実行委員会を結成させたい。
□ 今すぐにでも取り組むべき事
・各学部祭実行委員会結成の呼び掛け情宣
・北大祭全学実行委員会準備会体制の確立
・北大祭に関する当局交渉(主に施設使用・物資・公認問題)

次回準備会は2月24日金曜日 恵迪寮共用棟2F共同談話室にて
連絡先...恵迪寮B棟 市村(737-6582) もしくはD棟 百瀬(737-6584)

第1回北大祭全学実行委準備会レジュメ
□ 昨年度北大祭全学実行委総括
[1983.6.25レジメと議事より]に加筆
=結成の時期=
前年度よりもテンポは早かったようであるが、連絡不徹底が目立ち円滑ではなかった。学部祭実行委の結成が遅い学部などは、予算をまとめる事で精一杯であったり、全学実行委内部でのつながりも希薄であったため、問題点が不明確なまま残った。
準備会結成を早期に行い、問題点を明確にする中で体制を確立し、同時に準備会が全学新歓に取り組み、教養祭の成功に援助しつつ、北大祭全学実行委員会の存在・意義・任務をもっと強くアピールする事が必要である。
=意義と任務を果たせたか?=
1983.5.7 第一回北大祭全学実行委で確認された「意義と任務」(簡略)

1) 各学部祭間の窓口一本化
2) 学生部に対する団結強化
3) 北大構内の学術・文化・自主的活動の総集約の場
4) 各学部祭間の各々の発展に向けた交流・情報交換の場
5) 広報活動の一本化
6) 北大祭の歴史と意義の継承

現在の北大で学生総体の中央たる機関が存在せず、学生を一つの所に結集させる場も持ち得ない時期に、年に一度当局公認のもとに北大祭という形で全学の結集を得られる機会は意味がある。ただし、これも学生の主体的動きによって成される結果であって、待っていれば生まれれくる自然発生的なものではないことを決して忘れてはならない。したがって、上記のごとく意義と任務を掲げ、模擬店化しつつある、北大祭の低迷化に対し、センター的役割を持ち、改善、発展を目指すのであれば、これに係わる者たちも、この意義と任務を机上の確認に終わらせず自ずからが主体的にその実践方法を創造しようとしなければ発展は望めない。
それでは第25回北大祭では実際どうであったか。
窓口一本化の点では前年同様に、全学実委が公認化され、クラーク会館内事務局設置、電話設置がなされ、その役目を果たせる状況にあった。しかし、事務局員不足のために事務作業に手間がかかったり、学部祭実行委結成がなかなか成されないといった状況も絡んで、教養祭のコーラ単独注文や、2つの音楽祭の実施(教養と医展)などに見られる様に、十分機能し得なかった。
活動状況の集約等も、時期的に切羽詰まっていた事もあり不十分であった。
今後は早期結成とともに、事務局員増加、連絡体制確立を併行して考える必要がある。
=全学企画=(ナイトハイクは雨天により中止)
1. 仮装行列 5.29(日) PM 0:00 教養前メインストリート出発
・準備段階
道路使用申請書の提出が遅れ、日程変更を迫られそうになったが、話し合いによってなんとかなった。次回は実行委員長が決定(もしくは内定)した段階で、約2ヶ月前に提出した方がよいと思う。
・当日
自主整理には教養祭実行委事務局が中心となって動いた。次回もそうなると思う。仮装の参加団体各々の山車・仮装は昨年、一昨年に比べてレベルが高かった。※仮装行列の位置付けがあまりはっきりしない。
2. 前夜祭 6. 1(水) PM 6:30 教養部S棟裏
プログラム ・コピーバンド Jazz研、Folk研、軽音・演研 + Jazz Dancerの金粉Show・ファイヤーストーム 援団演舞・ゲーム大会

約250名結集

準備の段階で二転三転した前夜祭であったが、結集率は高かった。今年は、実験的に行ってみたが、まずまずの出来だったので似た様な形で来年以後続けようと、企画代表者の間で話し合われた。
電気は教官棟から引いた。
11時まで続き最後にファイヤーストームの消火をもって終了となった。
3. シンポ
現代の右傾化を憂慮する-原理運動を考える- ・準備段階
シンポの企画案を全学に募る事は出来なかったが、割に関心を引いたようである。
原理研メンバーが公開質問状を実行委宛に出して来たが直前だったので招集がかけられず、当面事務局で処理した。
・当日
約100名参加
企画承認の段階では、原理研が入場していても、特に差別的に排除する事は考えていなかったが、真っ向から妨害し、実力阻止をも厭わない姿勢を示して来たので、止むを得ず事務局判断で排除した。
シンポそのものは成功であった。
報告資料を出す予定で、予算残金のうち\25,000を上限として支出することとなっていたが、事務局員の不手際により、作成が進まず、取りやめる事になった。したがって、予算残金はそのまま全額繰越金として次回にまわす。
□ 実行委体制について

[ 実行委員会 ] - [事務局]
___|__└ [ 文連 ][ 寮連 ][ 体育会 ]
[ 各学部祭 ]
[ 実行委 ]

1 実行委員会
i) 構成は各学祭参加団体(各学部祭、文連、寮連、体育会)代表1名以上
ii) 執行機関と議決機関を兼ねる
iii) 委員長、副委員長、財政担当を置く

情宣、共同購入、パンフ作成等担当者を決めるべき

2 事務局
i) 事務作業を実行委員会の決定に従って行う
ii) 各学部で仕事を分担してやるのでも良い
問題点 ☆サークル参加が不明確である。現実には教養祭実委に組み込まれている。
◎新体制(案)

決議機関_________執行機関_____事務作業
[ 全学実行委員会] - [ 常任委員会 ] - [ 事務局 ]
_____|
[ 各学部祭実行委 ]

1 実行委員会
i) 構成は各学部祭実行委員会代表1名以上
ii) 学祭に関する原則的な決定をする機関
2 常任委員会
i) 構成は委員長、副委員長、各部局長。委員長は実行委で選出。各部局長は委員長の任命で決定し、実行委に詔る
ii) 実行委に対して責任を持ち、企画、実務、財政の執行を行う
iii) 準備会の結成、次期全学実行委結成までの責任を持つ(資料、物資、財政の管理を含めて) 3 事務局
i) 実務作業を遂行する
ii) 実行委員長の任命による
4 オブザーバーの参加団体について
文連・体育会・生協・寮共闘
・日常的な動的学生団体としてはどれも価値の高いものであり、学祭発展の担い手として十分評価出来る。したがって、決議権はなくとも、実行委員会の場において、企画提出(発言)の自由を認めたい。

○準備会体制: 上記の実行委体制に準ずる

□ 北大祭全学実行委員会の意義と任務(案)は次回討論
□ 全学新歓への取り組みについて
□ これからの予定
※当局提示の学祭期間 6/8(金)-10(日) 3/ 6 第一回準備会 昨年度総括、体制、新歓への取り組み
3/13 北大祭の意義確認、実委の意義任務、全学企画について


呼び掛けと同時に常任委員として活動出来る人間を確保して行く
企画で進められるものは進める

4月中旬 実行委結成 = 教養祭実委結成と同時にしたい (公認申請、体制本格的始動)
5月中旬 全学企画決定 (具体的な仕事に取り掛かる)
北大祭全学実委の任務と体制
北大祭の意義を十分に理解した上で次の事を任務として遂行する。
1 各学祭参加団体間の窓口の一本化
1) 学生部当局に対する窓口の一本化: 北大祭全学実行委を全学団体として公認させ、事務局室設置、内線電話設置、クラーク会館使用、物資援助確保、道路使用、掲示物使用を可能にする事により、北大祭準備の円滑化を計る。
2) クラーク会館、他、学部諸施設の使用調整をする。
3) 企画の競合調整と合同の可能性を追求する。
4) 体外的窓口を一本化する。

a. 酒類・コーラ類共同購入。テント類借入、学外諸施設使用許可申請(仮装行列など)
b. 広報活動の一本かを計り、「北大祭」として広く学内外へ参加を呼び掛ける。パンフレットの充実化を目指す。

2 学生部に対する団結強化
1) 物資援助の保障(最低80万)を実現させる。
2) 学祭における施設使用規制に反対し、それを排除する。

体育館使用規制排除、仮装のゴミ処理費当局負担、教養の駐車場・教室使用制限排除、道路交通規制(学祭期間中の自動車の乗り入れを原則的に禁止させること)、道路・芝生等の掲示規制排除等の問題を解決するために全学実行委員会として団結する。

3 北大内の学術・文化・自主的活動を総集約し、各々の発展に向けた交流・情報交換を行う
1) サークル・クラス・有志等自主的活動の状況の把握と情報交換
2) 学祭参加団体間の各々の発展に向けた交流・情報交換を行う
3) 学部の学生生活・教育研究に関する情報交換を行う
4) 必要に応じた物資援助を行う
4 北大祭の歴史と意義を全学に広めるとともに継承する

a) 北大祭の発生や、歴史の中で北大祭の変遷等を掘り起こし、今後の発展に役立てる
b) 実行委員会の活動・体制を次年に伝える

5 北大祭として特色ある全学的企画を模索する; 模擬店祭化の傾向に歯止めをかけ、北大文化の低迷を回復させる必要がある
6 他大学との学術・文化の交流を計る: 他大学の学祭実行委員会と連絡を取り合うなどして、全国的な大学祭状況を把握する
組織体制

[ 全学実行委員会 ] - [ 常任委員会 ] - [ 事務局 ]
____|_________________|
[ 各学部祭実行委 ]__[ 委員長 ][ 副委員長 ][ 各部局長 ]
[ 文連 ]
[ 寮共闘 ]
____|
[ 各クラス・各サークル・各寮 ]

1 実行委員会
i) 構成は各学部祭参加団体代表組織(各学部学祭実委・文連・寮共闘)代表1名以上の結集
ii) 原則的な決定を行う
iii) 実行委員長の選出を行う
2 常任委員会
i) 構成は委員長、副委員長、各部局長。副委員長・各部局長は委員長が指名
ii) 実行委に対して責任を持ち、企画、実務、財政の執行をする
iii) 準備会結成、次期全学実行委結成までの責任を持つ(資料、物資、財政管理含む)
3 事務局
i) 実務作業を遂行する
ii) 実行委員長の指名による
4 オブザーバーの参加団体について
以下の団体を北大祭の意義に沿う形でオブザーバーとして位置付け連絡をとり続ける

体育会、生協

今後の取り組み
・各学部祭実行委員会結成を促す(遅くとも教養祭実行委員会結成以前)
・教養祭実行委員会結成後、全学実行委員会を召集
・体制の全学徹底
北大祭の意義 [改定版]
人は誰でも自己の中に心理探求の知的欲求と未知の創造性を秘めている。大学は、我々学生が学問を通じ、あるいはサークル活動やクラス活動を通じ、知的欲求を満たし、創造性を開花し、自分の新たな方向性を創り得るべき「器」である。この「器」としての大学生活を十分に生かし切るために、学生主体は各々一個の人間である事を自覚しながら他者との対話を持ち、お互いを磨きあいつつ「何か」を創り上げようとするのである。
日常的に我々は、その生活の大半を講義によって知識を溜めこむ事や、比較的狭い範囲の人間関係によって「群れ」を作り講義に合間をぬって行う自主的クラス・サークル活動に費やしてしまう。下手をするとこの日常的な生活はマンネリ化し、覇気のないものとなるかもしれない。だがその成果は常に自己の内面にも「群れ」の中にも刻々と蓄積されているだろう。みんなは「何か」を創りつつ生きているはずなのだ。この蓄積された成果を掘り起こし様々な形で表現し、同時に新たなる発見ができる一つの大きな「場」として大学祭がある。
そして我々北大生の学問研究や自主的クラス・サークル活動の成果が総集約され一つの結実となり「北大祭」ができあがるのだ。
受験体制に縛りつけられ受け身的教育に従順にならざるを得なかった我々学生は、大学入試後も教養部カリキュラム強化や教室使用制限、'81年学生会館強制撤去、'82年教養部自治会室強制撤去、等日常的に自主活動の場を奪われ続けていることなどにより人間関係も希薄になりつつあり、ともすると自分の方向さえも見失いがちかもしれない。だがこの状況は、北大祭で「何か」をやろうと乗り出す事により打破出来るだろう。
北大祭への取り組みを通じ、クラス・サークル員の交流・連帯は深まり、同時に多くの対話を通じ自己の内面をも見つめる機会も増えるに違いない。そして他の「群れ」との出会いが、未知なる知識や活動成果との出会いであり新たな方向の発見の糸口となるかもしれない。
このように、自己と「群れ」の活性化、新たな方向性の認識、そしてその成果としての「何か」を実現するところに北大祭の意義がある。
さらには北大祭を成功させる事によって、その「器」である北大そのものを徐々に変化させることもできるのではないだろうか。

招請状
_________ 殿
1984年4月27日金曜日午後6時より、法学部105教室に於いて、北大祭全学実行委員会を行いますので御出席願います。
議題
・北大祭の意義
・全学実委の任務
・全学企画について
選出事項
・全学実行委員長選出
なお、欠席の場合はその旨事前にお知らせ下さい。
連絡先 737-6582(恵迪寮) 市村、百瀬
前年度北大祭全学実委事務局

今後のスケジュール[実行委員会は毎週金曜日とする]
4.27 第一回全学実委結成(委員長選出)→公認申請→事務局室設置・物資確保
5. 4 第二回全学実委

・全学企画決定
・常任委員承認
・各団体の取組状況把握
・各種調整事項

5.11 第三回全学実委

・報告・調整
・学祭諸問題の検討
(おそらくこの頃教養部体育館使用が問題となるであろう)

5.18 第四回
5.25 第五回 このあたりでパンフ原稿締切
6. 1 第六回 (最終確認)
6. 3 仮装行列


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