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(2016年9月17日更新) [ 日本語 | English ]

ブタナ Hypochaeris radicata L.






有珠山 / サロベツ泥炭採掘跡
1986年, 2006年の有珠山火口原. ワタスゲ・エゾカンゾウ

[植物分類学, 同定・検索, 標本]

Hypochaeris L. (エゾコウゾリナ)

ブタナ属(キク科)の属名 HypochoerisHypochaeris の誤りである (短報)


(露崎史朗a・北山太樹b)
Shiro Tsuyuzakia and Taiju Kitayamab: Hypochoeris, a misspelling of Hypochaeris (Asteraceae)
植物研究雑誌 (1996) 71: 302-303 を元に改変

 米国西海岸で広く使われているHitchcock and Cronquist (1973)の「Flora of the Pacific Northwest」ではブタナ(あるいはタンポポモドキ)の学名の綴りはHypochaeris radicataとなっている.一方,日本の図鑑等(北村・村田・堀 1957, 長田 1972, 1976, 大井 1975, 奥山 1977, 佐竹ら 1981, 小野・林 1987, 沼田・吉沢 1988)ではHypochoeris radicataとなっている.つまり,属名の7文字目の綴りが米国ではaとなり,日本ではoとなる傾向がある.唯一,原色日本植物図鑑(北村ら, 1957)の索引の部分のみがaの方のHypochaerisを用いていた(但し,本文中ではHypocaerisとなっている).牧野(1977)にはこの属の記載はなかった.そこで,いずれの綴りが正しいのかを明らかにするために,原記載等を調べてみた.
 この属の原記載は,"Species Plantarum"中にLinnaeus (1753)によってなされ,その学名はHypochoerisではなくHypochaerisとなっている.しかし,この綴りはLinnaeus (1754)の"Genera Plantarum"においてHypochoerisとなっており,これが現在に至る綴り間違いの始まりとなっているようである.命名規約上は"Species Plantarum"の名前が優先されることになる(ICBN Art. 13.4)のでブタナの属名はHypochaerisが正しいことになる.ただし,語彙上は-choerosが「子豚」を意味するギリシア語を起源とする(豊国 1987)ため-chaerisは誤植かリンネのミススペルである.実際にSprague (1929)は言語学上の理由からHypochoerisが正しいと主張したが,この意見は採用されずHypochoerisは保留されていない.1905年以前は命名規約がなかったので西欧でも"Genera Plantarum"に拠って研究を進めた人はいるようで,1888年に-oとしたイギリスの文献がある(Forbes and Hemsely 1888, p 478).最近でもMabberley (1987)は-oとしている.全体的に西欧ではこの綴りには修正が入れられており,"Index Nominum Genericorum (Plantarum)" (1979)やZander (1994)ではHypochaerisHypochoerisと並べた上で採用しているので,今後-oとしたミススペルが見られることは減るであろう.
索引
 日本におけるこの属の初記載は,Makino (1908)であり,Arnica ciliata Thunb.の新組合せとしてHypochoeris ciliataを発表している.牧野が,どの文献からHypochoerisを引用したのかを特定することはできないものの,この時問題の綴りが日本に輸入されたことは疑いない.さらに,原(1952)がSprague(1929)の意見に従い,HypochoerisHypochaerisを並べた上で前者を選んだために,その後国内ではほとんど全ての文献がこれを採用し,今日上述のようなミススペルの定着に至ったものと思われる.Kitamura (1955)ではHypocaerisとなっており,これも綴り間違いである.日本にはこの属ではエゾコウゾリナ(H. crepidioides) 1種のみが北海道の日高・アポイ山に限られて分布している(北村・村田・堀 1957)ためか,広くこの属名を使用することが少なかったことにも綴りの修正が入らなかった一因があろう.しかし,現在日本では帰化植物であるブタナが旺盛な侵入,定着をしており,今後この学名の使用も増えるであろう.この誤りは,早急に改められるべきものである.
北海道

ST1 ST2 ST3 ST4 ST5 ST6
[1] 2015年6月24日に札幌市東区北28条東2丁目で見た巨大ブタナ。この年は、全体に大きいのが多い。[2] 2009年7月31日、東海大第4高校近くの光風園にて。[3] ブタナに一面覆われた芝生。2011年7月11日、東区北20条東1丁目にて。[4-5] 2009年8月30日、東区北28条東4丁目の空き地にて。[6] 2009年8月31日、同。
ST7 ST8
[7] 2012年7月8日、渡島駒ヶ岳南西斜面にて。登山道から数10 m離れたところ。シラタマノキ(Gaultheria miqueliana)と一緒に生えていて気持ち悪い。[8] 2019年6月6日、札幌市西区北24条東1丁目ビル脇。

内地

ST1 ST2 ST3
[1/2] 2012年9月18日、神戸空港到着ロビー前の駐車場にて。[3] 2024年6月25日、北海道大学和歌山研究林裏庭にて。

引用文献
  • Forbes F.B. and Hemsley W.B. 1888. An enumeration of all the plants known from China proper, Formosa, Hainan, Corea, the Luchu Archiperago, and the Islands of Hongkong, together with their distribution and synonymy. J. Lin. Soc. (Bot.) 23: 1-489.
  • 原 寛 1952. 日本種子植物集覧. 岩波書店, 東京.
  • Kitamura S. 1955. Compositae Japonicae, Pars Quarta. Mem. Col. Sci., Univ. Kyoto, (Ser. B). 22: 81-126.
  • Mabberley D.J. 1987. The plant-book, a portable dictionary of the higher plants. Cambridge University Press, Cambridge.
  • 小野幹雄, 林 弥栄(監) 1987. 原色高山植物大図鑑. 北隆館,東京.
  • Linnaeus C. 1754. Genera Plantarum. Laurenti Salvii, Stockholm.
  • Linnaeus C. 1753. Species Plantarum 2. Laurenti Salvii, Stockholm.
  • Makino T. 1908. Observations on the flora of Japan. Bot. Mag. Tokyo 22: 33-38.
  • 沼田 真・吉沢長人(編) 1988. 新版日本原色雑草図鑑. 全国農村教育協会, 東京.
  • Sprague T.A. 1929. The correct spelling of certain generic names IV. Bul. Misc. Inform. 2: 38-52.
  • 豊国秀夫 1987. 植物学ラテン語辞典. 至文堂, 東京.
  • Zander R. 1994. Handworterbuch der Pflanzennamen. 15. Auflage, Eugen Ulmer GmBH & Co., Stuttgagrd.

  • 清水建美(編) 2003
    H. radicata, H. glabraが見られ、綴りは-o-である。
  • Wheeler J, Marchant N & Lewington M. 2002. Flora of the South West. Bunbury-Augusta-Denmark. UWAP, Crawley. (2 vols.) pp. 971
    H. glabraが見られ、綴りは-a-である。

(a北海道大学大学院地球環境科学研究科,
b国立科学博物館植物研究部)

ヒメブタナ (H. glabra)


ヒメブタナ (姫豚菜) / ケナシブタナ (毛無豚菜) / ボウズネコノミミ

ST1 ST2 ST3
[1-3] H. glabra. 西オーストラリア、マーガレットリバーにて2004年2月7日撮影

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