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(2015年9月1日更新) [ 日本語 | English ]

湿原植生と保全 (Wetland vegetation and conservation)






有珠山 / サロベツ泥炭採掘跡
1986年, 2006年の有珠山火口原. ワタスゲ・エゾカンゾウ

目次


各論

はじめに


 湿原研究は、1988年に中国四川省での研究がきっかけで始めた。その後、なぜか、中国吉林省の湿原、セントへレンズ山スピリット湖近くの湿原、シベリアコリマ川周辺の湿原、釧路大楽毛湿原、有珠山第4火口に形成された湿原、アラスカツンドラ湿原、インドネシア熱帯泥炭地、とか、なぜか海外調査では湿原に行くことが多い。シベリアの湿原でメタンフラックスを計っていて、講義で使ったりしてると、改めて地球環境にとって湿原の重要性を認識させられる。

 湿原とは何か、と聞かれたら、人によって結構違う答えになるに違いない。なにせ、世界最大の湿原は海である、と言う人もいるくらいだから。自分自身は、一時的にでも水がたまっているところ、としておけば良いように思っている。湿原植生を規定している環境要因は、水に関係するものに決まってるから検出し易いように感じるが、水に関係する要因全てが同じように変化するので、その中のどれが一番効いてるのかとなると特定が難しい。

きっかけ

 それは、忘れもしない博士課程1年のときの、生態学会北海道地区会での出来事
 某H海道教育大学K路校、教授K田さんが私に、「中国に行きたくない?」
 返事は、即、「行きたいです」
 なんと、その年の夏に、私は、中国最大と言われる湿原の上にいたのであった。

Everybody [1] 真中が団長と副団長の梅田先生と辻井先生。

Trip by horse
[2] なぜか馬で調査地まで行った(1度だけだが)。落馬した人もいる

調査した湿原編


中国 (China)


四川省 ロールガイ(Ruoergai)湿原

 ここが湿原調査の始まり(まさか、湿原から縁が切れないとは思わなかった)。私の専門は火山だよ、とか思ってたし。

吉林省 三道湖(Sandaohu)湿原

 天安門事変の年で、夏に行く予定が延期となり、枯葉散る季節に行った。寒いし、草はボロボロだし。カラマツ (ただしLarix olgensis)とカンバは分かるということで、他に調べられることがなかった(露崎 1994)。

Hummock
図. ロールガイ湿原における微地形と植生の関係。(これで、ロールガイ湿原データは出しつくしたと思う... 10年以上かかってる)

合州国


セントへレンズ山(Mount St. Helens) スピリット湖周辺

 湿原の埋土種子を調べてみたり(Tu et al. 1998)。
 道に迷って半日さ迷ってたり(湿原を探しに行ったわけではないが)。
 "This is science!" という某学生の声。感動した。

アラスカ (Alaska)

 アラスカ内陸部において2004年に大規模な火災があったクロトウヒ林におい
ての森林火災後の植生回復を調べている。林床はミズゴケに覆われ、広い意味では森林性湿原となる。詳しくは火災生態学 fire ecologyのページで。
 2006年には、北極海に面したANWR (Arctic National Wildlife Refuge)内の連続凍土帯(permafrost)にあるツンドラ植生を調べた(Tsuyuzaki et al. 2008)。セワード半島において、火災後の氷楔融解にともなう植生調査を行った。これらの調査は、暫く続くらしい(逆夢であって欲しいような気もする)。

シベリア (Siberia)


 サハ共和国、コリマ(Kolyma)川流域湿原 - 2度行ったことのあるシベリア調査のうち、最初の年に行った。
 コリマ川流域の湿原で植生とメタンフラックスの関係を調べた(Tsuyuzaki et al. 2001)。

Kolyma1 Kolyma2 [1] 舟から撮ったコリマ川。(スカスカな)疎林はカラマツが優占する。その林の植生調査をして、五十嵐さんにデータまる投げで済ませた気分になったり(五十嵐ら 2003)。[2] 氷楔(ice wedge)でできたガリー内植生を調べた(Tsuyuzaki et al. 1999)
 目にが入ったり、北極海では流氷に海岸を覆われて帰れなくなりそうだったり。そして、佐藤さんの名言「シベリアの自然は蚊が守っている」は正しいと思ったり。「同情するなら職をくれ」時代で、「後姿が寂しそう」だったらしい。確かに、大学に戻ってもろくなことはなかった。
シベリア・アラスカの湿原キーワード

永久凍土(permafrost)とそれに関連する地形: ポリゴン polygon, エドマ yedoma, 氷楔 ice wedge, パルサ palsa, ピンゴ pingo, バイジャラーヒ baidzharakh
五十嵐さんのリクエストで、仙頭と一緒に、表層泥炭を採取した(五十嵐ら 2003)。

インドネシア熱帯泥炭湿地


 - 私にとっては恐怖の熱帯泥炭地でしかない。エディ・マーフィーと西村(♂)が何とかしてくれくれたが、自分は、この論文中の、極々1個所しか見ていない(Mirmanto et al. 2003, Nishimura et al. 2007)。

見ただけ湿原編


カナダ


 写真すら見つけ出せない。かなり、終わってる。

日本 (Japan)


有珠山第4火口

 1977-78年の有珠山噴火で最も大きな火口となった第4火口は、今では、立派な湿原となってしまった。早い(Tsuyuzaki 1997)。ただし、有珠山噴火後の植生回復調査の時に、この脇を通らざるをえない。

釧路大楽毛湿原

 「スケール依存性要因」とかいう言葉を、この時に使ってしまったけど、最近なんか流行みたいで、使いたくなりつつあったりする(Tsuyuzaki et al. 2004)。

CCA

仏沼 (青森県)

 基本的に調査・実験は、全て、木村英雄が修士論文として行った。火入れを行っている仏沼湿原で、火入れが中止された年に、火入れをやめると植生と埋土種子がどうなるかを調べたものだが、ともかく巨大な埋土種子集団であった(Kimura & Tsuyuzaki 2011)。ただし、空から見ただけで、行ったことがない湿原である。

サロベツ

サロベツ湿原研究キーワード

サロベツ自然再生事業: 環境省自然環境局西北海道地区自然保護事務所
インターネット自然研究所 (ライブ影像)
日本全国の湿地面積の変化: 国土地理院内のページ
Un-mined area1 Un-mined area2
[1] サロベツ湿原調査地。この隣にウェザーステーションがあって、ニワトリが回っている。学生諸君が、一生懸命調べてるようだが、私は、北海道のどこにあるのかも知らない。[2] 泥炭採掘跡地を朝日新聞社所有の取材用の飛行機からみたところ(2006年4月4日)。
⇒ 国際花と緑の博覧会記念協会助成絶滅危惧種ナガバノモウセンゴケ保全に必要な環境解明成果概要
泥炭採掘跡地航空写真
1970年
1977年
1989年
2000年
浚渫船による泥炭採掘は、1970年に工場敷地の南側から東側に向かって範囲を拡大していき、30年間で高層湿原を中心に150 haあまりに及ぶ。これは、泥炭採掘時の高層湿原の全面積の約16%に相当し、現在でも採掘跡地が明瞭にわかる。採掘された泥炭の残渣と水は水路で採掘跡地に戻された。水路に近い場所は、残渣の堆積で水面が塞がり、裸地の状態から植生の回復が見られれるが、水路から離れた場所は、今でも広大な海水面が残っている。裸地や海水面が残る跡地では、湿原植生の回復に向けた自然再生の取り組みが行われている。
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